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2009年1月

のりものランド04

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堀江謙一とマーメイド号。

堀江さんとの出会い。
といっても、彼が私をよく知っているわけでも親しくしてもらっているわけでもない。
取材で3回お目にかかっただけである。
74年だったか78年か、手元に資料がないのでそのどちらかだが、
和歌山の小さな漁港で、二度目か三度目の冒険のため、
船の準備をしている堀江さんを取材すべく、そこを訪れた。

朝日新聞の編集委員の藤木さんがさりげなくその基地を教えてくれた。
秘密でもなかろうが、密かに作業していた彼は来訪に驚いたようだった。
頑なに、取材は出航日にしてくれと拒否された。
こちらも勝手だが、村の汚い旅館で一日彼がどこからか戻るのをじりじりしながら待っていたので
「そうですか」とあっさり引き下がるわけにはいかない。
激しい交渉になったが、むこうは100日も太平洋を彷徨うのが屁でもない大物だ。
やむなく、ひきさがった。

彼の何回かの取材で、さすがと思わせる信念や理論を聞いた。
航海で怖いのは、自分の想像力だという。
嵐や荒波に動転し、どうなるかという過度な想像で、自分を恐怖に追い込むことが一番危ないという。

航海中は暇をもてあますので、大量の本を読むのだそうだ。
それを読みきると、2度3度読み直し、更に、食料を包んだ古新聞を隅々まで読み尽くし、
それもなくなると、英語の辞書や薬の効能書きまで読むのだという。

芦屋の海岸近く、彼の住うマンションがある。
ベランダから見下ろす先に埠頭がある。
そこから、半世紀前、パスポート無しの彼の小さなヨットが密かな船出をした。
その成功者は、日頃、そこを眺めながら、次の冒険の野望を研ぎすましているのだ。

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のりものランド03

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サンフランシスコ。
海に面した埠頭は潮風にさそわれ、散歩する人も気持ち良さそうだ。
この街は、大平洋に面した海洋都市である。
国立海洋博物館があり、大平洋で活躍した船舶はじめ
海洋の発展につくした業績をたたえるいろいろな記録物が陳列されている。

ちいさなヨットが一艘ベランダに置かれている。
日本人、堀江謙一の大平洋横断の船、マーメード号だ。
1962年5月12日に神戸を出航し、海の猛威との言葉に尽くせない
戦いに勝ち、3ヶ月後の8月12日にシスコ湾に到達した。
よくぞ、こんな木の葉のようなちいさな船で、世界最初の横断に成功したものだと
ジーンと胸が熱くなる。
しかしこの当時日本では、この快挙に冷ややかな反応が多かった。
密航者だと非難したマスコミもあった。

サンフランシスコの人々は
この壮挙に感動し、街をあげて沸き立った。
こぞって若き冒険家を誉めたたえたという。

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のりものランド02

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ベンツ、運転手つきの取材。
とにかく駆け出し時代は、だれでも冷や汗のでるような出来事の連続だろう。
大森堅司さんの紹介で、女性自身のグラビアを撮らせてもらった。
芸能誌の仕事も半端なものではない。皇居前広場の夜のカップルの盗み撮りから、
ウエスタンカーニバルのファンの熱狂の取材など、
贅沢をいうわけではないが、さすが柄に合わない仕事で苦しかった。


ある日、萬屋錦之介の奥さんの出産にからみ、夜中じゅう、
伊皿子坂上の巨大な彼の屋敷の横道に張り込んだ。
運転手つきのベンツに潜んで、である。
やることも破天荒だが、ベンツの運転手つきの取材というのも、飛ぶ鳥落とす光文社ならではと思った。


夜中、錦之助が現れて、私に深々と一礼して言った。
「申し訳ないが、これは、自分にとってはじめての体験であり、心配でいろいろ気持ちを乱されたくない。
今後、必ずあなたに取材でお返しをするから、今夜は勘弁してもらいたい。」
ここでねばるべきだろうが、私にはできなかった。
運転手は眉をまげて、情けない顔をしていた。


翌日、担当の小井さんに謝った。
小井さんは、「いいですよ。」と、やさしかった。
私はもう雑誌に迷惑をかけられないと、やめることにした。
小井さんはその後、何回か私に仕事をまわしてくれたが、断りをいうことができず居留守で逃げた。
いまだにその心苦しさは消えない。

その後、10何年かして小井さんは、祥伝社の重役か社長になったと聞いた。
心からそのことを嬉こんだ。

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のりものランド01

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のりもの。
だれもがすき。
ぼくは、乗るのは好きではないけど、のりものの雰囲気が好きだ。
形の面白いもの、なにか魅力を醸し出しているもの。
そんなのりものを見つけたりすると、すぐパチリと撮りたくなる。
だから、「鉄子」の人たちとはちょっとちがう趣味だ。
よく、味のある顔の人をみかけると、「撮りたいな」と思うように、
存在感のあるのりものをみると、わくわくする。

最初にのりものを撮るチャンスは、tawnという月刊誌のグラビアを任された時だった。
好きな車を撮っていいよ、と編集長に云われた。
ぼくが、軽くこなせると思ったらしい。
「世界の名車かぁ」
こっちは、駆け出しだった。
「そんなの撮ったこたァねーんだけどなァ。」
腹の中で、すこしビビった。

でも…
「えーい、いけ!男だ!」


世界の名車を大洋自動車から、とっかえひっかえ借りてきてパチパチやった。
一番目は、アルファロメオ。
晴海の埠頭まで、冷や冷やころがした。
青い海を背景に、これもはじめての、大型カメラのリンフォフ、テヒニカをひねりまわして撮った。


なんとか撮れていた。
駆け出しで無鉄砲、思い出すたびに冷や汗がでる。
アメ車は嫌だ、などと生意気に、欧州車ばかり撮り、ある日
フォルクスワーゲンを広尾の貸しスタジオにいれて、
モデルにサンルーフの上に座らせた。
屋根のうえだ。
翌日、大洋自動車の広報から電話があった。

「屋根へこんでますけど、なにかやりましたか?」

「車の屋根って、うすいんだな、アハハ。」
「あのモデル、そんなに尻でかかったかな。」

編集部はみんな若く、無責任で、リニアのように突っ走っていた。

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