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寺山修司、「それから」34 〜 寺山修司の親和力。高橋ひとみをよろしく。  〜

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  ニ、高橋ひとみをよろしく。
  
  昭和58年、
  寺山は死を予期して、親しい人々に別れを告げる行脚をした。
  親しい山田太一氏とは、溝ノ口の駅で会った。
  「もう僕は長いことないんだ」
  そんな病状を洩らした。
  
  そして、「自分の秘蔵っ子の高橋ひとみをよろしく。」
  と、頼んだそうである。
  
  寺山門下から、多くの逸材が花開いて行ったことは、よく知られている。
  高橋は、ご存じ個性的な女優で、山田作品では、「ふぞろいの林檎たち」が記憶に残る。
  
  寺山門下でも、彼女は優秀な人材なのだろう。

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  私はある雑誌から、高橋のインタビューの依頼を受けた時、
  彼女に、私のまとめた寺山アルバムを見せてみようと思った。
  柿の木坂の喫茶店の午後。
  高橋にそれを見せた。
  
  「ヘェー。寺山さんねえ。」
  そう言いながら、懐かしそうに彼女はアルバムのページを繰った。

  「寺山さん、変わった人でしたね。」と意外にあっさりした反応だ。
  「オイオイ。寺山は、あんたを秘蔵っ子だって、言ってるんだぜ。」
  私は、内心、怪訝に思った。
  だが、すぐに判った。

  彼女は、単純な、型どうりの、ものいいなどしない人なのだろう。
  あるページにさしかかると、彼女の視線がとまった。
  そして、なにかに思いを馳せるかのように、しばし、目を宙に浮かせた。
  そして、ていねいに全部見終わると、そのまま、黙っていた。
  すべて、寺山のことは自分の胸にたたんでおく、そんな意志に思えた。
  寺山との思い出話をしようとはしないし、
  私も、あえて寺山について触れるのはやめた。

  
  私は、おいしいケーキの話に話題を切り替えた。
  この店はケーキが評判の店だ。
  「ケーキ、どういうのが好みなの?」問うと、
  はにかんだように、彼女はちいさく笑った。 


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コメント

確か昔に高橋さんが寺山さんに「自分のカバンくらい自分で持って」、と持たせた時に
周りの人が「なんだこいつ」という視線を送った時も寺山さんはニコニコしながらいう事きいてたとか
エピソード残ってたような気がしました。

当時たぶん17才くらいの小娘に振り回されるオジサンを楽しんでたんでしょうか。
周りの人は寺山さんは神みたいな存在だから彼女は異質な存在だったのかな‥

投稿: 電気ネコ | 2013年12月28日 (土) 14時29分

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