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霧の子孫に出会う。

1


青山銀河。
霧の子孫である。
新田次郎氏の小説、霧の子孫たちは、霧ヶ峰の自然と、
遺跡を破壊する有料自動車道路(ヴィーナス、ライン)の建設に反対する男達の純粋な熱情の物語である。
青山銀河。
その小説の主要な役割を果たす人物だ。
世俗的野心も欲望もなく純粋な、心を洗われるような男だ。


小説の内容はさておき、ちょっと古い話になるが、
ライターの丸山寛之さんと、そのモデルになった青山正博医師のところへ取材に出掛けた。
(スコープ、日本アップジョンのPR誌の取材である。)
上諏訪駅で電車を降り、先生に電話で道順を聞いた。

なにしろ、霧の子孫である。緊張するなあ。
「すぐ、迎えにいくから、センベい屋(喫茶店)の二階で待て」との先生の指示だった。
あとで判るのだが、これが、大変なことの始まりだった。
丸さん(丸山さんのこと)が、時計で計ったら、「すぐ」が、2時間15分も待たされたのである。

そして、青山先生がきて5分でご自身の病院に着くと、この2時間15分の意味がはっきり判った。
先生は、大多忙なのだ。
患者がメジロ押し。
そして、良いことか悪いことか、わからぬが、
当面の問題に遭遇すると、先生はそれに集中し、時間や約束など、忘失してしまうのだ。
で、そうはいわなかったが、「エ?用件?なんだっけ。」てな感じなのだ。
もう普通の医師ではないナ。先生と呼ぶより、銀河氏と言おう。


Aoki
銀河氏


診療中、奥様が、銀河氏の全貌を克明に教えてくださったのである。
銀河氏は、東北大医学部を卒業、仙台の医局に在局。
その時、一週間の休暇をとって礼文島に日食を見に行ったという。
だがそのまま、一年も帰ってこなかった。
驚愕するような豪傑だった。
いきなり、強烈なパンチのご紹介だった。

もっと、重要で深刻なことがある。
幼児性を抜け出せぬ人だと、奥様はおっしゃるのである。
奥さんが言うのだから、間違いはない筈。
たとえば、学会や、東京の医学関係の用事に出かけるとする。
電車の発車直前まで、探し物をしたり、原稿を書いたりしている。
世話を焼いてくれるのは、奥さんだけである。
奥さんは、電車の発車ベルの鳴るさなか、銀河氏をやっと車中に押し込むのである。
これで一安心ではない。
帰りが大変だ。
新宿駅では、大体最終電車になる。
ウロウロ、銀河氏らしい所用をこなしていて、そんな時間になってしまうらしい。
奥さんは、真夜中、それらしき電車を待ちうけ、眠りホウけている銀河氏を、
たたき起こし、ホームにひきずり降ろすのである。
停車一分間で、先生の座席を探し車内を駆け回るというのだから神業に近い。

3


銀河氏は、天文学者であり、
「日本星空を守る会」や「長野県自然保護の会」などの会長である。
自から、八ケ岳の南斜面に、「青木天文台」をつくった。
主鏡は、アストロカメラ(口径16cm,焦点距離803mm、)の本格的な天体望遠鏡らしいのだ。

これは、医師業務以上に銀河氏の情熱をかきたてるものだった。
車で、天文台まで約一時間。観測は勿論夜である。
天文台が出来たころは、ものめずらしさもあって、見学希望者も多かった。

ここで、みなさん、例の銀河氏の奇癖を忘れてはなりません。
奥さん、三人の娘さん、近所のおじさん、おばさん、青年達。
いそいそと山中の天文台に出掛けたが、みな一回で懲りてしまった。
なにせ、そこに出かけると、3時間、4時間はあたりまえ。
徹夜、夜明けまで、銀河氏の納得するまで、山奥に封じこめられる訳だ。
再度いう、みんな一回で懲りた。


4


「おおい、山へいくか。」
声をかけられると、あわてて、断る若者がいた。
そんなこととは、知らず、われわれも銀河氏の餌食になった。
その恐怖の山へ、ぼくらも出掛けた。
何時間経っただろうか。
銀河氏は、観測に夢中で病院に帰る気配はなかった。
「ええイ。どうにでもなれ。」ぼくは銀河氏の、毒ッ気のない笑顔をみると
なんにも言えなくなるのだった。
ぼくらもあきらめて、天文の世界に遊ぶことにした。
「ホラ、覗いてごらんなさい」
銀河氏にすすめられて、覗くと、土星がきれいなリングをつけ、
どこかの小学校の校章のような、メタリックな金属に見えた。
それは、確かに新鮮な驚ろきだった。
「ネ!面白いでしょう。」


5

銀河氏は、天体情報を記録し、研究家たちのデータの一助としたい、と考えているようだった。
その為にも、自然をそこねてはいけない。
保護運動も急務だ。
日常の些事に振り回されず、眼は、天体や自然に向き、悠久の時間と空間にたゆとう
銀河氏は、人間ではなく、銀河人だった。
そしてぼくに、我が身のみすぎ、よすぎにのみ、せかせか生きている人生を
恥ずかしいという感覚を目覚めさせてくれたのだった。

(註、文中に挿入した写真は、先生のポートレートを除き、
 青山先生の環境とは関係のない写真を使用しました。)


6


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