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貴方はもう、忘れたかしら、「神田川」。

01


あなたは、もう、忘れたかしら。
で始まる、おなじみ南こうせつの「神田川」。
作詞は、喜多條忠さんだ。
この詩曲の出来上がったいきさつは、よく語られている。
喜多條さんは、大学時代、高田馬場にある神田川べりの、
木造二階建ての三畳間の下宿に同級生の彼女と住んだ。
その折の情景を歌にしたものだ。
ぼくは、この歌を聞くたびにいつも、疑問に思うことがあった。

若かった、あの頃、なにも怖くなかった。
ただ、あなたのやさしさが、怖かった。

この二行目の、くだりである。
この曲の、語りは、女性の語りである。
だから、怖かったのは、彼女なのだろうが、「なにも怖くなかった」彼女なのに、
ただ「貴方のやさしさが怖かった」、という反転が、どうしてなのか疑問だった。


02
高田馬場 喜多條さんの下宿まで10分

朝日新聞のBeで伊藤千尋さんが、その疑問を解いてくれた。
当時60年代は、学園紛争がキャンパスを渦巻いていた。
喜多條さんは、デモから帰った下宿で、カレーライスを作っている彼女の後ろ姿を見る。
貧しくとも、小さな幸せ。
だが、このまま結婚し、一市民として安穏に人生を生きていゆく。
それでいいのか。かれは、自問する。
学園紛争のただなかで、問うべきもの、問われるべきものがある。
6~70年代は、そういう「いかに生きるべきか」というテーゼを突きつけられた時代だった。

03
馬場のガードを超えたあたりの神田川


安穏な小市民的人生は、拒まねばならぬ。
だが、コトコトと包丁で刻む、ささやかな、しあわせの音。
その葛藤は辛い。

その喜多條さんの惑いが、「ただ、あなたのやさしさが怖かった」
という、その章だけ彼女の独白と入れ替わるのである。
その章だけは、喜多條さんの思いなのだ。


04
神田川から早稲田通りへむけての住宅街

その三畳一間の下宿の付近の神田川沿いを歩いてみた。
戸田平橋と源水橋の間にあったその下宿。
いまは、ワンルームマンションに変わってしまって、消えた。
神田川は、いまも全面コンクリートで固められた、なんの情緒もない、排水路のような川である。
だからこそ、この乾いた無味な風景が、
一過していく、学生時代という、時間にふさわしいようにも思われる。

横丁の風呂屋、「安兵衛湯」の方向にむけて、高田馬場2丁目の住宅街をぶらぶらゆく。
じつは、風呂屋へ向かっても、そこもマンションに変っていたのだが。
とりあえず、喜多條さんの下宿裏の住宅街の風景にこだわってみる。
なんの変哲もない、穏やかで、つましい民家が、立ち並んでいる。

神田川から、いま私が向かっている道は、早稲田通りにむけて、なだらかなのぼり坂になっている。
寒々とした、家並も混じる。
小さな公園があった。
そこは、トイレがひとつあるだけの、寒い空間だった。


05

ポツンと一軒だけある、ちいさな居酒屋が、閉められた障子戸に、
「閉店します」の張り紙がしてあった。
もう一本駅寄りの道の理髪屋のあたりをゆくと、ホームレスのおじさんが、カメラを見て逃げた。
早稲田通りにある、早稲田松竹は当時、高倉健などの任侠映画に湧いただろうか。
その近くの喫茶店は、「ら」というかしら文字をぶらさげたまま、廃墟に近い姿を晒している。
「らんぶる」とか、「らんぼう」とかいう店名で、学生客を寄せていたことだろう。
裏側の崩壊しかかった路地裏をのぞきこむと、黒猫が、ジロリとこちらに視線を向けた。

06
喫茶店裏の猫


ふたたび神田川に戻る。
橋の欄干に肘をついて、喜多條さんのあの時間に自分の記憶をゆっくり重ねてみる。
学園闘争は、早稲田大学がそのはしりで、遼原の火のごとく、ほんどの大学に拡大していった。

07
早大キャンパスと街路の斗争

ぼくは、早大キャンパスで、学校側と交渉する学生側のやりとりを毎日のように取材していた。
その現場に喜多條さんは、参加していただろうか。
非妥協の交渉を延々続ける学生に、理事者側は、相当消耗していた。

そのとき、闘争委員会のなかにいて、ぼくに名刺を求め、取材の目的をしつこく問うた学生がいた。
後年、リクルートの会社記念日の取材をしていた時、そばに一人のカメラマンが寄ってきて、
自己紹介したあと、
「実は、あの時に、名刺をくれ、とかしつこくからんだのは、ぼくだったんですよ」
と笑った。
かれは、写真家の田中長徳さんだった。

ぼくの生活といえば、ボロボロの借家で、家内が、タイル張りの古びた台所に這う、
なめくじや、ガラス窓に現れる、やもりに悲鳴をあげていた。
そういえば、若かったあの頃、貧しかったが、なにも怖くなかった。

Beで伊藤千尋さんは、南こうせつさんの言葉として、こう紹介している。

いまは、大分県の海辺で暮らし畑を耕す。
南さんは思う。
「金をもうけて高級車に乗るのがアメリカンドリームなら、
『家は漏らぬほど、食は飢えぬほど』という『茶の湯』の価値観に、日本人のプライドがある。
『神田川』に歌われた風景は日本人の原点だから、誰もが共感し、
 時を超えて歌ってくれるのではないか。
と。


08
再び喜多條さんの下宿あたりの神田川

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