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渋谷。都市に刻む、4つの詩。

01
渋谷109


 空を飛ぶ 街が飛ぶ 雲を突抜け星になる
 火を吹いて 闇を裂き
 スーパーシティが舞いあがる

(TOKIO/作詞 糸井重里、作曲 加瀬邦彦、歌 沢田研二)

「TOKIO」が、ブラウン管にはじけた時、「有楽町で逢いましょう」や「新宿の女」などの
都市ソングの、湿り気のあるメッセージと違うパンチに驚いた。
これは、シブヤの歌ではないか。そう思った。
ほかの街にはない、マグマの炸裂したような目眩を覚えるのだ。
渋谷駅ハチ公銅像前のスクランブル交差点は、青信号40秒間に2000人が渡るという。
大音量の音楽、ビルの壁面に組みこまれた、いくつもの巨大なビデオ画面。
まさに沸騰する街だ。
大音響と、極彩色のこの渋谷で、
あるいは自己を顕示し、あるいは都市に溶け込んで自己を消去しようとした、
4人の影を追ってみた。

02
109とセンター街 左上 南条あや

1、南条あや。「卒業するまで、死にません。」

109には、少女が群れている。
7階の、レストゾーンにたどりつくのにも、おじさんは、
女性専用車に乗り込んでしまった冷や汗に近い困惑を覚える。
南条あや(18才)もそこの少女の群れのなかのひとりだった。

彼女は、リストカッターで苦しみぬいてきた。
ネット上の日記では、軽いノリで、
「いつでも、どこでもリストカッター」などと、おどけていたという。
ウイットやセンスに恵まれ、明るくて、マスコミにも注目されていた。
悩む自分を、客体化した、軽やかな日記は公開され、多くの少女の共感を呼んだ。
しかし、ホンネは、どう生きのびようか、とギリギリの瀬戸際のあけくれだった。

「なんで自分を虐げるのか。
 マゾフィストじゃあ、ありません。どうしたら治るの?
 どうしたら、痛いことがいやだと思えるようになるの?
 でも一番の疑問は。どうして自分を虐げるのか、という理由です。
 考えていると、わけがわからなくなって、涙がでます。」

リストカットと絶縁出来ない、深い苦悩が日記の行間に感じとれる。
3才のとき、両親が離婚、小学校でいじめにあい、中1の時、クラスで孤立し、
その時から、リストカットをはじめた。
高校は不登校、鞄には、大量の薬、自殺未遂。

渋谷センター街や109あたりは、少女たちの蝟集する聖域である。
南条あやの逃げ場は、ここしかなかったのかもしれない。
しかし、たったひとりで、都市のなかで生きていくには、内面の充実が必要だが、
18才の少女に、それを求めるのは酷だ。
何回かの自殺未遂をくりかえしたあと、
1999・3・30、カラオケボックスで、大量の向精神薬を飲み命を絶った。
自己表出か、透明な存在への逃亡か。
彼女の選択は、いずれにも出口がなかった。
父親は、日記をまとめて、「卒業するまで死にません」(新潮社)
という彼女のつぶやきを出版した。

03
円山町


2、円山町、夕闇の丘、東電OLの場合

「お茶しませんか」
一流企業に勤め、才能にも恵まれ、なんの不自由もないようにみえたハイミスの女性。
ひそかに夕暮れの丘の街、円山町の暗がりに立って、変身し、春を売っていた。
そして、ある夜殺された。
娼婦に変身した動機や理由、すべては、彼女の胸のなかに沈んだまま、闇に葬られた。
彼女が、大学在学中、一流企業の重役のポストを目前にした父親が急死した。
尊敬する父を失い、彼女は拒食症に陥ったという。
その後、父と同じ職場でエリートとして活躍するが、
同僚との競争に破れ、更に不本意な職場に移動させられるなど、
環境の激変のなかで、生き抜く意思が崩壊していったとみられる。


04
円山町


上昇志向と、高いプライド。
父親は彼女の価値観に大きな影響を与えてきたようだ。
「父の期待に答えられなかった」、と彼女は挫折感のなかで思いつめたのだろうか。
それが、彼女自らに懲罰的な生き方をさせたのではないか、という心理学者の分析もある。
彼女を支えた誇り高いものが崩れた。
春をひさぐだけでなく、帰宅途中の電車内で、人目をはばからず、
パンやそばをほうばるボロボロの彼女が目撃されている。
自分をゴミくずとして、捨て場所を都市の暗闇に選んだのか、
その途上で、ゴミのような男に殺された。
しかし、その前に彼女は、実質、死んでいたのだ。
戦死のような、そのストイックな決意には、心うたれるものがある。


05
渥美の銅像 柴又にある

3、代官山。渥美清の隠れ里。

俳優は、悪役でも善良な市民でも、さまざまな役を演ずるが、
観る人は、その役が俳優の実像だとは思わない。
しかし、まれに役柄が本人の実像に似かよっていると、誤認される場合がある。
渥美清と寅さんの間柄が、それだろう。
寅さんという役が、国民的に愛されたキャラクターということもあるだろうが、
寅さんイコール渥美清の図式が定着してしまった。
「寅さんが、田所康雄を飲み込んでしまう」と、渥美清が嘆いたという。
田所康雄は、渥美の本名だ。
彼が、自分と一体化してゆく寅さん像に違和感をもっていたのは事実のようだ。
やや、厭人癖のある渥美ではあるが、演技者としての自分と、生身の自分の区分けには、
ことのほか神経質だったらしい。

小林信彦氏は、渥美について、興味深いエピソードや、評伝をのこしているが、
渥美ほど実像と虚像の乖離が甚だしかった人は珍しいとのべている。
渥美はプライバシーにこだわり、私生活は、みせなかった。
「俺になにかがあったら、男は家を守れ、女は逃げろ」と家族に遺言したエピソードもあり、
知人に車で送られても、隠れ家は、見せなかった。
渥美は、野球帽を目深にかぶり、自宅とは別の、代官山の同潤会アパートにひそみ、
そっと孤独な人生を楽しんだ。
かなり老朽化したマンションだったが、いまは建て替えられた。
すぐ近所に洋食屋の「小川軒」があり、そこへはよく通ったという。
俳優のみならず、人間は、自己表出の願望の反面、
過度の自己表出に疲れ、逃げ場を求めることがある。
さて、渥美清は、どういう心境で、都市にひそんだのだろうか。

06
代官山

07
歩道橋上から夕日を眺めた


4、青山246通り。尾崎豊、17才の地図。

246沿いの渋谷駅近く、東邦生命ビルの一角。
尾崎豊の歌碑のプレートがある。
尾崎の通った青山の高校の道筋にこのビルと歩道橋があり、
そこからビル群を縫って沈む夕日を、尾崎少年はいつも眺めていたという。
少年にとって、偏差値支配のつよい風潮の灰色の時代だった。
かれは、学校や、家庭と自分との葛藤に苦しみ、絶唱とでもいうような
響きの歌で、若者の共感を呼んだ。
自分の居場所は、必然的に都市に向かうのだ。

~強く生きなきゃと思うんだ。
………歩道橋の上、振り返り、焼け付くような夕日がいま、心の地図の上で……
(17才の地図)

~落書きだらけの教科書と、外ばかり見ている俺………
とにかく、学校や家には帰りたくない………
(15の夜)

08
尾崎のレリーフ

悩みをふりしぼるような歌、ひたむきな心情は、多くの若者の胸に響いた。
かれは、完全主義者だったと聞くが、亡くなる数年前は、周辺と意思が通ぜず、
不完全な燃焼に苦しんだという。
小説や写真詩集も書いたが、歌詞は、音楽性より苦悩に満ちた叫びに走っていった。
今、歌碑のある歩道橋のれんが壁に、尾崎へ共感のメッセージが、数かぎりなく書きつらねられている。
そこに佇む若者は、いまも絶えることはない。

ーーー僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない
正しいものが何なのか それがこの胸にわかるまで      

(「僕が僕であるために」尾崎豊)

渋谷。4人の刻んだ都市とのきずな。
それぞれの心音とどうひびきあったのだろう。

09
西に向けて記念碑、壁面に追悼のメッセージがいっぱい

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