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ぞうさん、ぞうさん、おはなが長いのね。はな子。

01
はな子


ぞうさん
ぞうさん
おはなが ながいのね
そうよ かあさんも ながいのよ
(まど みちお作詞、団伊玖磨作曲)


はな子は老いた象さんだ。
井の頭自然文化園にいる。
今年、63才で、日本にすむ象の最年長である。
4月5日、月曜だったが、井の頭池は、桜見の人々で、一杯だった。
その先に、はな子の園舎はあるが、そこは見物客は少ない。
はな子は、お尻をこちらにむけて、体をゆすりながら、なにか拾って食べている。
「ぞオー」
おかあさんに抱かれた、幼児が、口とんがらかす。

02
井の頭池


「はな子オ」
「はなちゃんー」
だれかが、2回呼んだら、ゆったり体を動かして、右目をこちらにむけた。
「歳だねエ」、一様に皆、同じ感慨を抱く。
想像を超える、老いにみえた。


03
資料室

時代は、一挙に、第二次大戦中にさかのぼる。
東京音楽学校に通う、作曲家の団伊玖磨さんは、ある日、
上野動物園の正面に葬儀用の幕が張ってあるのをみた。
1943年のことだ。
戦争が深化し、食糧難と爆撃の懸念から、
政府はサーカスや動物園の大型動物を、殺害するように命じた。
団さんがみた光景は、動物の処分が終わったあとの、戦時殉難動物慰霊祭の時だったのだ。
当時、猛獣類はもとより、3頭いたゾウも、殺処分の対象となった。
それぞれの飼育係は、泣きながら、毒の入ったエサを与えたという。
ゾウは毒入りのエサを察知するため、餓死させる手段をとった。
芸をすれば、エサがもらえることを知っているゾウは、必死で芸をしたという。
現場の飼育係たちの心痛は、想像を絶するするものだったに違いない。
約一ヶ月後、3頭は、命を絶った。
そのうちの一頭の名が、「花子」だった。


04

悪夢のような戦争が終わった。
昭和49年。
平和の親善大使のようなゾウが、やってきた。
タイからきた2才と、インドからきた7才のメスのゾウだった。

その2才のいたいけなゾウが、「はな子」だった。
はな子という名は、戦時に、無念の死をとげた「花子」を偲んでの命名だといわれた。
上野動物園に登場した二匹。
幼い、はな子は、7才の「インデイラ」に、
母のようなイメージで、甘えたのかもしれない。
昭和51年、まどみちおさんは、「ぞうさん」を作詞する。
そして、翌年、団伊玖磨氏によって作曲され、この唄は人気を拍す。
団さんは、この曲はわずか数分でつくりあげたという。
戦時の動物園での悲劇を見聞したことも、要素としてあったのだろう。
「詩が自然と、体にはいりこんできた」という。
まどさんは、
この唄の成功は、依頼者の酒田さんと、作曲の団さんのちからだと、いう。
「ぞうさん」の詩は、求められて、あわただしくつくりあげたものだ、(だから、たいしたものではない)
そう、まどさんは謙虚に語っているが、
まどさんの詩には、虚飾のない、ものの本質を凝縮した作品が多い。 
「やぎさん ゆうびん」や「一年生になったら」なども、シンプルで、楽しい。

ぞうさん
ぞうさん
だれが すきなの
あのね
かあさんが すきなのよ

05
子供


まどさんは、5才のとき家庭の事情で、両親と別れた。
朝、目を覚ますと、母や兄、姉がいなかった。
「食べるように」と、母から、手紙と饅頭が残されていた、という。
幼児体験が、やさしさと、虚飾のない心をもつ彼に、どんな影響を与えたのだろう。
詩のシンプルさと、実存を見抜く目の鋭さは、
山頭火の句を彷彿させる。

「酔うて こほろぎと 寝ていたよ」
                 山頭火

はな子、に話をもどそう。
はな子は、現在の井の頭自然文化園に移される。
上野動物園では、ジャンボー(メス)が加わり、象は三頭に増えていたが、
はな子がトラックで去るのを、互いに哭いて悲しんだという。
はな子の苦難は、そこからはじまった。
ゾウは群れで生活する動物である。
母ゾウからも、アンジェラからも離され、子ゾウの、はな子はストレスに陥った。
2年後深夜、侵入した酔客や、飼育担当者を、あやめてしまった。
人間不信に陥っていたのだろう。。
暗い象舎に足四本を鎖で繋がれて、はな子は餌も細くなり、ガリガリにやせた。
人前にでるのも拒み、6年も引き蘢った。
赴任してきた飼育員の山川清蔵さんは、すっかり心を閉ざしたはな子の気持ちを、
少しずつほぐしていった。
外にはな子を出すと、「人殺し」と、心ないヤジや、投石などが浴びせられた。
そんな時も清蔵さんは、はな子のそばでやさしく、体をさすってあげ続けたという。
30年つきそって、清蔵さんは、そこを去った。


06
はな子の苦悩


ゾウは利口で、情の厚い動物だといわれる。
いろいろな、エピソードにかこまれた、はな子というゾウの一生をかんがえる。
しあわせだったか、ふしあわせだったか。
まどさん的に考えれば、

ぞうは ぞうであって
ひとりきり のぞうとして
ぞうらしく 生きている

という禅問答のような答えがかえってきそうに思える。

はな子の園舎から離れて帰途につく。
なぜか、花々がやさしく、鳥や、小動物が、元気なのが、目についた。

07
はな子

08
自然文化園の動物たち

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