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ぐるっと、谷根千。谷中その3。

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今日は、千駄木からスタートした。
駅の2番出口を、地上に出る。
そこを左へ、更に最初の道を左。
こんもりと緑の大木に覆われた、高台の須藤公園(元、大聖寺藩の跡)に突き当たる。
長閑さや…………、などと出てきそうな、静謐な空間だ。

真ん中に池もある。
ベンチで、読書する男性が二人。
この涼風は、ご馳走だナ、ぼくも水辺まで下る。

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しばらく呼吸を整えて、ぐっと急な坂をのぼり、公園を後にする。
出たあたりは、千駄木の高級住宅街だ。
団子坂に出るまで10分、のんびりと向かう。
中年の女性が、二人、お屋敷の植え込みや、花壇を、あちこち覗き込み、
感想をしゃべりあいながら、楽しんでいる。

なるほど、こういう、借景的、ガーデンライフの楽しみ方もあるんだあ。
あとで、「いま、そういう流行りなのよ」、と知り合いの女性が教えてくれた。
フーン。


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おっと、もう団子坂だ。

「D坂殺人事件」………江戸川乱歩が団子坂上に住み、そして書いた推理小説だ。

「それは9月初旬のある蒸し暑い晩のことでした。
私は、D坂の中程にある白梅軒という喫茶店で…….

という書き出しで、古本屋の細君が殺されたことを、探偵、明智小五郎は知るのである。
そんな、ミステリーを、乱歩は書きあげたのだ。
左手に、かなり、古い石垣が、D坂下(団子坂下)方向に続く。
小説の描かれた時代の、証人としての風景は、この石垣くらいのものだろう。
酒屋の配達のおじさんに、こりゃあ、相当昔の石垣でしょうね、
と、話かけると、そうですね、昭和に出来たもんじゃないでしょう。
乱歩は、うでを組み、この坂をのぼり下りしながら、
プロットを練っただろうと、勝手に推測する。

これから、この坂に繋がる、三崎坂を上って、
喫茶店の「乱歩」にいこう。
ゆっくり、頭を冷やしながら、今日の「谷根千」散歩の段取りを考えよう。
またも、猫はいなかったが、ゆったりコーヒーを味わった。

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そうだ、根津神社にお参りしよう。
不忍通りから、細い道を神社に向かい、しばらく歩く。
左に金太郎飴の店、右手の表具屋、更に左手に染物屋があった。
この通りの店造りは、昭和初期、いや店によっては、江戸もありそう。(まさか)
六文銭でも、差し出さないと、売ってくれそうもないナ、などとくだらないことを
考える。
根津神社は、1900年前に、日本武尊が、創祀したと伝えられる古社で、
現在の神社を建立したのは、徳川綱吉。
権現造りの古い建物や水面の風情に、江戸の面影を残す、緑深い神社だ。
左手は丘になっており、そこの築山に、つつじの植え込みや、
奉納された赤い鳥居が並んでいる。
この、江戸の雰囲気の濃厚な境内は、T.Vのドラマ、「仕掛人シリーズ」などに
頻繁に登場するそうだ。
隣に、日医大関係の病院があるせいか、若い女性のドクターなど数人が、車椅子の
重症らしい患者さんに、ていねいに景色の説明をしている。


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根津神社、乙女稲荷の舞台。


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社殿を囲む透塀。全長200米、宝栄3年建立。


10人ほど、高齢者が、スケッチに没頭している。
絵画倶楽部だろうか。
覗き見すると、上手ウ。
帰りに、金太郎飴に寄って、ニッキと金太郎飴を買う。
小石川で創業(大正3年)したが、道路拡張で根津へ移り、いま、ぼくに、
接客するかれが、3代目だそうだ。
奥で一人で、コツコツ飴をつくっている。
話好きないい人だ。
「小石川では、樋口一葉の近所に住んだそうですよ」とおっしゃる。
谷根千には、こういう独り仕事の職人さんの店が、ちょくちょく見受けられる。


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スケッチに励む。

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金太郎飴。


これから、あかじ坂に狙い定め、歩く。
おや?
芋甚は、きれいなビルに変わっちゃったぞ。
谷根千人気で、来街客が集まるからか。
20年くらい前は、ちいさな、菓子屋だった。
「芋甚」という屋号がいい。
かってな想像だが、
昔は、芋を売っていたジンベイさんとでもいう人の、素朴な店だったのだろう。
調べてみたら、やっぱり、アタリだった。
大正初期にここで、焼き芋を売っていた、山田甚蔵さんが、芋甚の創業者。
で、2代目が、甘味処を開き、今、三代目に引き継がれたそうである。
でもご成功で、結構なことだ。
ぼくも、歩きながら小倉アイスの最中を、パクついた。
この、アイスの製法は、大正時代からの、レシピそのままのつくり
だそうで、あっさりした味で、おいしい。

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やや!外人さん人気の旅館「澤の屋」も立派になっちゃったぞ。
まわりの環境もこころなしか、奇麗に変わっちゃった。
地域猫を抱いた付近のおばさんが、町のムードの、変わり様にはちょっと寂しそうだ。
この坂を上ると、きれいな住宅街だ。
坂上から、外人のカップルが、くだってきて、ネコ喫茶を、覗いている。
澤の屋の泊まり客の散歩かな?
ぼくも、この喫茶へ寄るつもり。
ここは、猫好きの写真家のマンション、「風呂猫アートハウス」の1階にある、
猫喫茶「猫町カフェ29」だ。
猫ちゃんが三匹いるが、よく躾けられていて、客のテーブルに乗ったり、
卑しい振る舞いはしない、という。
店主は、周辺に生息する野良猫にも餌をやったり、
寝床のコーナーも用意してあげているが、
伝染病のケアなどで、客に「野良猫に触った場合は、手洗いなどをして店内に入るよう」に、
衛生面での配慮も細かい。
壁際には、猫が自由に外へ出入りするため、ジグザグの猫専用通路が出来ている。
モグラの道のようで、面白い。
猫の、日向ボッコ専用のテラスも屋根に設けている。
猫喫茶の、経営ノウハウは、相当、手の込んだもだという事に感心する。

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左手の建物が、澤の屋という旅館。


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猫町カフェ29。

さて最後は、丘の上の奇ッ怪なる館へゆく。
この、猫町カフェ29の、すぐ先だ。
D坂からきたとて、そこは怪人二十面の棲み家ではない。
だが、館の主人公は、奇怪なる人物であった。(と過去形だが)


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怪しげな、館。実は。

上口愚朗(1892~1970)、天才なのか、変人なのか、判別不能な人物だった。
宮内庁御用達の大谷洋服店で修行し、テーラーとして自立。
仕立ては完璧、斬新なアイデイア、値段は高い、などから人の度肝をぬくような
洋服の職人だったそうだ。
左右非対称の服や、裏返したような服、まさに、現代の自由な発想のデザインを、
すでに大正時代に先取りした、前衛的なクリエーターだった。
あるとき、突如、陶芸家に変身。
上野の地下鉄工事で、掘った土で茶碗を焼いたりした。
「エエ??」
だが、心配ご無用。
川喜田半泥子に師事しただけに、腕は素人の域を超えていた。
だが、前衛ぶりは、止まらない。
自宅の屋敷内の、樹の上に茶室を作ったり、ぐるぐる回る茶室を作ったり、
魯山人や、川端康成、藤田嗣治など、文化人を集めて茶会を開いたりした。
常識というメジャーの埒外。
並外れた才能と、自然児のように奔放に生きた希有な人物だ。
排便中の姿こそが、人間の自然体である、と「ウンコ哲学」を堤唱した、という。
もう、ぼくの頭のなかは、線香花火が、勝手に弾け回り、
この天才の脳みそに翻弄されてしまった。
でも、ホントはこいう人、大好き。
おそらく、著名文化人を集めるからには、単なる変人ではなかろう。
かれのもうひとつの大仕事は、江戸時代の和時計を集めた「大名時計博物館」
をつくったことだろう。
大木の鬱蒼と繁る大名屋敷跡に、この博物館はある。
貴重な、文化財ではないか。

門前で、体調をいたわりあっていた、ふたりの品のいい、老婆に訊ねた。
この近所に長く住む方だそうだ。
「ここのご主人だった人がつくったという、木の上の茶室って、まだ残って
いますかねえ。」とぼく。
「ああ、あの茶室は、ありませんよ。
かなりな重さなので、木が枯れてしまって、切り倒したんですよ。
みましたけど、こんな大きな切り株でしたよ。」両手を大きく、広げた。
「そうそう。ぐるぐる回転する茶室もありましたが、もう動かないでしょうね。」
ご近所のおばあさんだけに、よく、事情は、ご存知だった。

今日は、グッタリ疲れたぞオ。

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この奥の庭には、入れない。

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