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両国、濃厚な江戸と、相撲色の街。両国その2。

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北斎通り

地下鉄、大江戸線の両国駅の地上に出ると清澄通りが、眼前を遮る。
その道を渡り、正面を真っすぐ、広い北斎通りが、伸びている。
北斎など江戸をテーマに、ここを両国の美しいメインストリートにしたい、
街当局の魂胆が窺える。
いいじゃん。
93回も転居した葛飾北斎(1760~1849)が、ここで、オギャーと呱々の声をあげたのだそうだ。

北斎は、日本を代表する作家の一人で、代表作は「富嶽三十六景」。
ジャンルや時代を超えて、世界中の人々を魅了した。
「東あられ」という、老舗の煎餅屋の角に、その由来の木札が、立っている。
エッ!それだけ?

とりあえず、北斎を語ろうとしているのは、付近の公衆便所の壁面である。
ぐるりにびっしりと、浮世絵や、北斎の横顔などが描かれている。


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北斎画のトイレ

このあたりには、ほかにも由緒のある史跡が、いくつもある。
1885年に高砂部屋の高砂浦五郎が祀った、相撲の神様の野見宿禰神社がある。
本場所には、ここで必ず相撲協会の神事が行われる、角界の聖地だ。
このあたり、江川太郎左衛門や、河竹黙阿弥などの終焉の地でもある。
いろんな由緒が、眠っている割りには、
情報の発信や、魅力の醸成に、チョッと力足らずだ。頑張れ。
やはり、北斎美術館が2012年に完成予定だというから、その時を期待。
ぼくは、北斎晩年の地、信州、小布施で、清貧のなか画道に突き進んだ、
鬼気迫る、かれの作品の迫力に打ちのめされたことがある。
是非とも、それに負けぬ美術館を目指してもらいたい。


吉良邸のあった裏道を、当時を偲びながらぶらぶらしていると、
北斎にからんだ史跡が、もうひとつあった。
「鏡師、中島伊勢 住居跡」と、ある。
北斎が、いっとき、この中島伊勢の養子だったとガイドにある。
一方、実は、北斎は伊勢の妾腹の子だったのでは?とか、面白い話が、書いてある。
結局、北斎はこの伊勢との養子縁組を、解消されるのだが、伊勢と北斎の関係が
ホントは、どうだったのか、その謎が興味深い。


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吉良邸跡

さあ、
土地柄、相撲一色の街だ。
賭博問題で、粛然とさせられたが、
元来、相撲界の根幹には神事がある。
力士の化粧回し姿など、厳粛な相撲世界のイメージだ。
横綱の品格を、と理想像を求めるのも当然の世界だろう。
それは、それで正しいことだ。
しかし、一方でぼくは、
浴衣で、草履ペタペタのコミカルな雰囲気の庶民的イメージが好きだ。
どうしても、ちば てつやのマンガ「のたり松太郎」などの愛すべき相撲の環境が、
目に焼きついて離れない。

かって、このブログでも、そういう少年力士の哀歓を取材、紹介した。
だから、垣添や、かっての、小兵力士の舞の海など、奇手を使ったり、
高見盛や、青ひげの(喜劇の悪役の役者にしたい)黒海など愛すべきキャラクターの
力士についつい、肩入れしてしまうのだ。

街でも、力士フィギアや、大相撲Tシャツ、タオル、携帯トラップ、など
コミカルな、かわいいイラストのグッズが多く売られている。
布団類の店「両国高橋」にも、その手の、面白い品が沢山ある。
若い、相撲取りも、女の子の好むようなグッズを買うのだそうだ。


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両国駅前

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布団の両国高橋

国技堂という小さな店の店頭で、「お出かけ前の、火打ち石」と、妙な品を売っている。
なんだよ。銭形平次やれってぇのかよ。
ライオン堂は、キングサイズの洋品がなんでも揃う。
大男が着る、オーバーオールなども、ある。
中国系の観光客らしきグループが、ショーウインドのデッケエ下着をみて、
びっくりしている。

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火打ち石

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デカ下着に驚く

大きい靴もあるイマムラ靴店。デカ下駄、草履も揃う岡田屋。
でかい、でかいと言い続けるのもくどいが、きわめつきは、これだ。
デカ足袋の注文をこなす老舗の喜久屋、お相撲さんのみならず、要人にも客が多い。
ほかにも、力士のイラストを暖簾的に使ったそばや、とか菓子店で力士の型取の
焼き菓子や、力士画の最中などを売る、「相撲抱きつき」で商売している店が多い。


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足袋の喜久屋

面白路線で紹介してきたが、
本格的な相撲愛好家が楽しむには、国技館隣接の「相撲博物館」は勿論だが、
「相撲写真資料館」という、相撲協会専属写真館ならではの、
貴重な写真が展示されているのも見逃せない。


相撲ゆかりの極めつけは、回向院だろう。
回向院では、江戸以降の諸霊の回向のため境内で勧進相撲が、興行されたが、
ここには力士や、行司の供養塔の「力塚」があり、力士の断髪した髷なども納められている。
オット。
もうひとつ、大事なこと。
例の、賭博騒ぎで、
いやみなわけじゃあないが、博打や、賭け事のお守りになることで有名な、
怪盗、鼠小僧次郎吉の碑を忘れてはいけない。
賭け事の好きな人は、墓石を削ってお守りにする。


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回向院


ちょっと、中断。
次郎吉の墓の前にお嬢さんが、ふたり丹念に石を削っているではないか。
ちょっと、ちょっと。
あんた方、なにか賭け事やるの?
「いいえ、ここパワースポットなんですよ。
 このあいだ、占いをやるお笑いタレントが、TVで、ここ、いいよって、
 やったんですよ、そうしたら翌日、10人位女の子が並んじゃたんですよぉ」
ふーん。
で、彼女達は、その後、週2日くらい、参拝にくるらしい。
「水難、火災、などの災難で亡くなった人が、こんなに沢山いるんです。
 犬猫、小鳥などの立派なお墓もありますよ。」
いやあ、詳しい。
しかも、墓標や、記念碑を丹念に巡り、参拝している。
彼女らの信仰オ、スゴい!
庭の水撒きをしているおばさんが、目を細めて、ふたりを眺めてる。
廃墟観光など、異色な流行りもある昨今だ。
さまざまなアングルから都市を眺め、こういう現場にも飛び込み、それがまた
副次的な効果を産んでいく不思議を感ずる。

次郎吉は、江戸後期の盗賊。
大名屋敷に忍びこんで、盗んだ金は、貧乏な庶民の家に投げ込んだ、と言われる。
作家の芥川龍之介は、この回向院のななめ前に住んでいた。
その所縁か、この次郎吉を素材にして、小説を書いたが、
嘘か、まことか、
「盗みに入った大名屋敷が76軒、盗んだ金が、3183両2分だ」と述べている。


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鼠小僧の墓

回向院の並び、もとは立派な国技館が建っていた。
その跡地に、両国シティコアがつくられ、
劇場と、ギャラリーを併設したX(かい)がある。
だいぶ前だが、ぼくがギャラリーXで展覧会の準備をしていると、隣のシアターXで舞台稽古をやっていた。
たしか出し物が「熱海殺人事件」で、演出家が、物凄い大声で、
役者を怒鳴り散し、演劇とは、かくも厳しいものか、と痛感させられたことがあった。

で、最後になったが、両国、最大の押しは、江戸東京博物館だろう。
いくつかのジオラマが、リアルに江戸東京の過去を語る。


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国技館


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シアター、かい。丸が、土俵位置の跡

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江戸東京博物館のジオラマ

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