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2010年9月

胸うつ、女性たちの歌。69年、東大安田講堂

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ガス銃と投石の争乱の痕


1969.1.19
その日、時計台は泣いていた。
火炎瓶と、ガス弾、投石、放水に包まれて、東大安田講堂は、
正義や秩序や、怒りや憎しみの渦巻くるつぼのなかにあった。
記憶はさだかではないが、ときおり、攻防のなかに、しじまがあって、
夕暮れ、籠城の約300人の学生達は集合し、それは、静かな祈りにみえた。

ぼくは講堂正面の文学部の屋上から、撮影をしていた。
講堂を取り巻く広場の学生群の中に、東大生の歌手、加藤登紀子さんもいた。
(以下、登場する人物の敬称は、略させていただく)
いつしか、8500人といわれた機動隊の突入が始まり、激しい攻防の末、
安田講堂は陥落した。
次々と、機動隊によって逮捕され、連れ出される学生たちは、ほとんど顔面などに
ひどい傷を負っていた。

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時計台への放水

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籠城する学生たち

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負傷した学生


籠城した学生たちのなかに、ひとりの女子学生がいた。
可愛い顔つきの女の子だった。
やはり彼女も、左目のあたりに血が滲んでいた。
痛々しい思いで、ぼくはシャッターを切った。
勿論、その時は、彼女が籠城した唯一の女子学生だったことも知らなかった。
彼女は、逮捕後、頑に黙秘を通し、拘留された菊屋橋の拘置所では、
「菊屋橋101号」と記号番号で呼ばれ、長い拘留期間中、完全黙秘を貫いた。
しかし素性を探るマスコミによって、氏名や写真を公表されてしまう。
その後、怜悧で毅然とした彼女は法廷で堂々と、闘ったといわれる。
この菊屋橋101号のことを偲ぶと、いつも「マキシーのために」の
歌の主人公を、勝手にだぶらせてしまうのだ。


この「マキシー」という女性は、作詞家の喜多條忠の、友人だった。
喜多條忠の作詞によれば、

(第二章)
マキシー 俺 今まじめに働いてんだよ
マキシー 風の便りに聞いたけど
マキシー どうしてah 自殺なんかしたのか
マキシー 睡眠薬を百錠も飲んでさ
渋谷まで一人で歩いていって
ネオンの坂道で 倒れたって
馬鹿な奴だったよ お前は最後まで
(喜多條忠 作詞、南こうせつ 曲、歌。)

安保の暗雲のたちこめる時代、マキ(浅川マキか?)のアパートで
鬱屈した若者たちがたむろしていた。
そのなかで、喜多條やマキシーたちは、夢をみていた。

(第一章)
マキシー それがお前のあだなさ
マキシー お前は馬鹿な女さ
マキシー 夢をみたことがあっただろう
マキシー 二人で金をもうけて
青山にでっかいビルを建てて、
おかしな連中集めて、
自由な自由なお城をつくろうと、

そんな自由への希求や憬れが、マキシーを突き動かしていたのだろう。
マキシーの行動記録や、詳細はわからない。
彼女は闘士だった。
喜多條さんによれば、
機動隊に食らいついて離れない激しさに「ピラニア」と渾名されていたという。


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マキシーの倒れた道玄坂

ふたたび、もうひとりのピラニア、菊屋橋101号に戻ってみよう。
彼女の拘置されていた菊屋橋拘置所に行ってみた。
10何年か前に、当時の拘置所は、建て替えられてしまったが、
道路を隔てた角の店で、50代の女性に当時の話を聞いた。
「当時私は、おかっぱの小学生だったのよ、詳しいことは判りません。
 ここは、女性専用の拘置所でしよ。
 学生さんが捕縄むきだしで連れてこられ、痛々しいと思いましたよ。
 時々、ヘルメットの学生達が、拘置所の前で「頑張れよ」とか、「一緒に戦うぞ」とか、
 閉った窓に向かって声をかけていましたね。」


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左、菊屋橋拘置所

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東大安田講堂

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本郷通り


歌手の加藤登紀子も、歌手としてデビューしたものの、60年代の学生紛争のただ中にいた。
1968年に彼女は卒業式を迎えたが、式の粉砕、ボイコットと学内は騒然としていた。
女性週刊誌は、登紀子に式当日は振り袖で式にでてくださいなどといっていたが、
彼女はこの状況を、そんな甘くはとらえられなかった。
私は何者なのか。
私は何のために生き、ここまできたのか。
彼女は自問し、一晩中悩んだあげく決意した。
そして、明日は、新しい自分のスタートにしよう、とジーパン姿で学生集会に出掛けた。
それが、雑誌に掲載され、それをみた全学連副委員長の藤本敏夫が、
学生集会で歌ってくれないか、と彼女を訪ねて来た。
加藤登紀子と藤本の初めての出会いだった。
藤本敏夫は、ヘルメットも被らず、いつも先頭に立って戦う、
男の美学を持ち味としてもっている魅力的な人物だった。
68~69年にかけて激しい闘争が繰り返され、
かれはデモの指導者として、しばしば逮捕され、留置所に拘束された。
二度目に登紀子と会った時、居酒屋で藤本は、「知床旅情」を歌った。

知床の岬に はまなすの咲く頃
思い出しておくれ 俺たちのことを
飲んで騒いで 丘に登れば
はるか国後に 白夜は明ける
(詩、曲、森繁久彌)

加藤登紀子は、初めて聞く歌だった。
おそらく、藤本はこれから牢獄生活の予想される人生をみつめ、
深い思いで歌ったのだろう。
そして藤本が自身のために心から歌うその歌に登紀子は感動した。
そして単に職業歌手として歌い続けてきた自分を恥じた。
この藤本のように
自分の心がまっすぐ届くような、自分のために歌う曲をひとつだけでも
持とうと思った。
そして生まれた歌が『独り寝の子守り唄」である。

ひとりで寝るときにゃよおー
ひざっ小僧が寒かろう
おなごを抱くように あたためておやりよ

ちょうどこの曲の録音が終わり、その日に出所してきた藤本と
飲み屋で会い、その唄をかれに聞かせた。
藤本は、
「寂しい歌だね。
 おれはいやだ。」
といって、ふいっと外へ飛び出してしまったという。

ぼくも、藤本の気持ちがわかる気がする。
権力との闘争や、セクト間の激しい憎悪にさいなまされる
そんな日常に、感傷の入り込む余地はなかったのだろう。
それはさておき、加藤登紀子は、コンサートの最後に
いつも「知床旅情」を歌うのだそうである。
藤本敏夫に、歌の原点を教えられ彼女は、
いつもそれを噛みしめているのだろう。
その愛と戦いの人生は、
「青い月のバラード」(小学館刊)に克明に描かれている。


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青い月のバラード

ぼくは東大の三四郎池に時折出かける。
ここは、深い緑に覆われた、東大ではいちばん静かで安らげる空間である。
マキシーも菊屋橋1号も加藤登紀子も、この異界のような世界に、心を休ませたことがあるに違いない。
きょう、出かけてみた。
安田講堂で、彼女たちの抱いた思い、そして三四郎池で感ずる神秘さを
ぼくも彼女たちと共有できたように思えたのだった。


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三四郎池

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メガロポリス〜汐留シオサイト、迷宮の快感〜

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汐留シオサイト。
新宿、六本木など、拠点都市の高層ビルが林立するなかで、汐留はそれらと
かなり異なる個性的な風景をもつ。
未来都市的なデザインで美しい。
それに都市の構造が迷宮のように複雑なので、
散歩していると、ゲームに嵌まったような快感にしびれる。
新宿西口の整然とした区分の都市とは違い、
ここは、巨大なビル群が不規則に広場や空間で連結しているので、
迷宮にさまようような快感を感じさせるのだ。
ぶらぶらしていると、コンクリートと鉄でつくられた胎内に、ゆったり揺れるような
安堵感を覚える。
ここは、31ヘクタールの旧国鉄跡地を大規模開発し、13棟の超高層オフィスビルや、
4つのホテルで成り立つ街で、11の街区がある。
イタリアの街を模したコンセプトの街区もあって、リーズナブルなイタリアンが味わえる。
カレッタ汐留を中心に数多くのレストランやショップがひしめく。
ビルの上層階から、浜離宮恩賜公園を眺めるのも楽しい。
集客の中心は、情報、エンターテイメントの日テレタワーや、劇団四季の劇場「海」やミュージアムなど併設の電通ビルだろう。
日テレ、ビルの宮崎駿デザインのからくり大時計も楽しいが、周辺のすすきの繁る空間が
フシギ感を覚えさせる。
昼日中の人の気配のない、モノレール駅や他のビルに連結する、
長い空中回路を見渡すと、ふと、ここは未来の田舎の風景ではないか、と錯覚する。 


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テレ大時計

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日テレ広場

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通路

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ビルの間のひまわり

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汐留シオサイト

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公園

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海を眺める

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浜離宮恩賜公園

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イタリア街

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イタリア街

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夏も終わりの、浅草花やしきあたり、怖わ、懐かしい。

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浅草。
ここに来ると、いつも山田太一氏の小説、「異人たちとの夏」を思い出す。
その小説は、異界の人との不思議なかかわりを描いている。
読むと、とても懐かしい思いにひたってしまうのだ。

ストーリーは、こうだ。
仕事もうまくいかない、その上離婚だ、不運のパンチに滅入った若い脚本家の主人公が、
昔、亡き父母と暮らした浅草に、ふらりとやってきた。
なんたる奇貨!
六区の真ん中にある寄席で楽しんでいる、亡き父親と出会ったのだ。
子供だった彼を残し、30年程前、両親は交通事故でこの世を去った。
その懐かしい父親にまた会えたのだ。
「嘘っそう?」
そのまま父と、母も住むアパートに立寄り、それから3人の夢うつつの生活が続く。
そんなストーリーが展開されるのだが、この異様な暮らしがいつまでも
続けられるわけはない。
物語は、意外な展開をみせていく。
浅草には、そんな異界に近い雰囲気がところどころにある。


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浅草六区で

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父と出会った寄席

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花やしき


「花やしき」もそのひとつだ。
そこにはいってみよう。
遊園地だが、「花やしき」は異界の入り口だと、いう人が多い。
不思議な雰囲気の遊園地だ。
こんなとこ、ほかにはあるまい。
狭い。
5700平米で、東京デズニーランドの1%の面積だという。
ぼくが20年くらい前にみた時は、いまの雰囲気とはかなり違うが、
もっと不気味だった。
当時は、「見せ物小屋」の蛇女とか、ろくろっ首とか奇怪な出し物が
あったように記憶している。
花やしきの看板メニューの「お化け屋敷」はホンモノのお化けがでる、和服の白い影をみた、
子供のすすり泣きが聞こえたなどと、噂が絶えなかったが、
小屋の老朽化で今年、閉館した。


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パワースポットの赤い小橋

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スリラーカー

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夏限定のお化け屋敷


ほかにも、
パワースポットもあるが、赤い小橋を後ふりかえずに渡れば、幸運がくるとか、
かわいい話だが、若い女性たちは楽しんでいるようだ。
花やしきは、ほとんど「古い」がウリだ。
なにせ、木製のコースターが、民家の鼻っつらを走ったり、遊園地の化石と誇っていいだろう。
花やしきの歴史は長い。
江戸末期の1853年に庭園として、開設され明治、大正、昭和と続いてきた。
ちょんまげが、ここで金魚掬ったりしていたわけだ。
そんな長い長い時間が、「花やしき」に異界めいたものを醗酵させたと思うと、
不思議な感じで、ワクワクする。
夕暮れが近かずいた。
閉園ではないが、ひとけのなくなった遊園地に、すこし冷えたかぜが吹いてきて、
汗の滲んだ肌に心地よい。


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占いをやろうか

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鬼太郎堂

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花やしき通り

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夕暮れの花やしき

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オモロい奇怪な生き物に会う。上野の森。

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ジロリ。
奴が睨んだ。
ハシビロコウという鳥だ。
「怖いー」3~4才の女の子が、パパにしがみついた。
「怖くないよ。臆病なんだよ。ほら、網ゆすらないでください。
 怖がるからって注意書きが、あるでしょ。
 臆病なんだよ。ユカちゃんみたいに。」
「ユカちゃん、みたいにイ?おくびょうなの?」

見たい、見たいと思い続けた、怪鳥ハシビロコウにきょう出会った。
ケージに近い、池之端門から、入園した。
なにがいいって、この怪鳥は動かないのだ。
哲人のようにじいっと、なにかを凝視している。
3頭身くらいの怪鳥だ。
顔だけは、左右に動く。
やはり顔に似合わず臆病なんだろう。
目をあわすと、横に顔をそらすのかな。

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しかし、相変わらず、体は動かない。
2時すぎから、じっとご対面しているが、いっこうに動く気配がない。
4時。
ザッ!
動いた!
羽根をバタバタと、大きく広げた。
でかい羽根である。
長い時間、じっと固まっていた凝りを振り払うかのように激しいぞ。
バタバタバタ。
結構。

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翌日、またここにきた。
頭に缶バッチをいっぱい貼付けた男がいた。
あちこちの動物園を踏破したのだろう。
ZOOのバッチのオンパレードだ。
なにかにつけて、変わった動物や、マニアは沢山いるのが楽しい。

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クロキツネザルとすこし遊んで、ペンギンを眺める。
ペンちゃん、暑くて大変だね。
園の見物人は、若いカップル、夫婦と幼児、老人と孫、この構成が多いが、
ぼくのような得体の知れない人種は少ない。
今日は、ハシビロコウは、パスするよ。
「ヨッ!」と彼にあいさつしただけで、小動物のゲージに行く。

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クロキツネザル

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ペンギン

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じいちゃんと孫

小動物のゲージは、なぜか照明が暗い。
しかも、小動物はこまかいだけに、チョロチョロ走り回って、
写真に納まるような、瞬間は少ない。
だが、表情に注意して観察していると、オモロくて時間を忘れる。
おなじみの、ミーアキャットは、雪の穴からひょこっと、
首を出し、キョロキョロあたりを見回す、あの可愛い雰囲気ではない。
環境の問題もあろうが、照明がトップライトだから、表情が暗い雰囲気になる。
不可能だろうが、照明はサイドから柔らかい光を当ててあげたい。
コウモリくん、ちょっと不気味だが、顔はかわいい。
こいつも辛抱強く待っていると、チラっとこっちを見たりする。
どのくらい、ここにいたのだろう。
ラウドスピーカーが、なにか言っている。
また、今日も閉館の時間になってしまったのかな。

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園内展示物

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小動物ケープハイラックス

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ミーアキャット

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オリイオオコウモリ

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園外にでると、珍なる光景があった。
老人が、少女たちをつかまえて、なにか言っている。
「ほら、手相みてやるぞ。
 アッチ行きゃあ、ホイってあるでしょう。
 幸運の方角はネ….…」
なんだか怪しげなやりとりになっている。
上野の山は、いろいろ面白いことだらけ。

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