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〜漱石ハートにナビゲート3〜本郷、三四郎の恋。

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本郷、東大前


漱石の小説「三四郎」の主人公三四郎は、よく本郷界隈を歩いた。
かれは熊本から上京した旧制の一高生だ。
いまも当時の建築物が、本郷にはたくさん残っている。
その三四郎と美禰子(みねこ)の恋の道行きを中心に街をたどってみよう。

まず、二人の出会いは、東大構内の心字池(後に三四郎池とよばれる)だ。
かなり深く掘り下げられたこの池は、鬱蒼とした森に沈んで神秘的だ。
思わずこの深淵な空間に厳粛な気持ちをもつ。
美禰子は、そこで出会った三四郎を印象的な瞳で魅了する、
そして手にもった白い花を、はらりと三四郎のかたわらに落として去る。
笑ってはいけない。
いまではそういう「ハンカチ落とし」はお笑いネタになっているが、
当時としては、女性が相手の気をひく、先駆的なアクションだったのだ。

ともかく、三四郎池は恋の舞台にふさわしい。
ちょっと脱線するが、かの有名な小泉八雲(ラフカデイオ、ハーン)が
東大での英語の授業後、いつもこの池をうろうろしていたらしい。
ナゼなの?と聞かれて、
「授業後に教員控え室で、皆としゃべるのがめんどくさいので、ここで時間をつぶすのだ」
といっていたとか。小説のなかにある。
オモロイじゃん。


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美穪子は石橋を渡り、三四郎と出会う

三四郎と美穪子との出会いの後、美禰子の誘導で、交際は進んで行く。
二人の生きた明治という時代を、司馬遼太郎は、こうまとめている。
〜日本人が日本の良い文化を捨てて、西欧文化を崇拝してとり込み、
 それを知識人が東京から地方に配る「配電盤」の役割を果たしていたのだ〜
と。

地方は下流で常に文化を上流の中央からいただくという図式だった。
だから、田舎はなめられていた。
ボクなども三四郎と同様、田舎から花の東京に憧れて出て来たクチである。
三四郎は美穪子に翻弄される、まさしく彼女はインテリで魅惑的、良家の美女で
恋の手練手管に通じた、恋の文明の申し子だ。
三四郎も、恋を通じ文明の洗礼を受けたわけだ。
「まったく彼女は西洋流だね….」と漱石は作中の広田先生にそう言わせている。


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当時の女性


さてそんな明治にひたってみよう。
明治38年に建てられた木造3階建ての「本郷館」(70室)がいまも健在だ。
三四郎は、当時この学生寮を眺めていたハズだ。
近くの淀見軒で三四郎はカレーを食べた。
店の装飾をみて
「これがヌーボー式だ、と連れの男が言った」と書かれているが、
これはアールデコだろう。
追分の角にある、江戸時代から続く「高崎屋酒店」のおかみさんは、
「淀見軒は、(万定)のことですよ」と、おしえてくれた。


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下宿、本郷館

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東大生や一高生。追分。角は高崎屋だろう

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角と手前が、万定、三四郎はここでカレーを


三四郎と美穪子は、団子坂の菊人形をみにいく。
混雑で美穪子が気分が悪くなり
坂を下り、根津の藍染川添いの小径を散歩する。
この小川は、藍染めの店が川べりにあって、牧歌的な風景を醸しだしていたらい。
いまも、藍染めの丁字屋が残っている。
この蛇行する小川が埋め立てられ、いまは「へび道」とよばれ、生活道路に変わりここを散策する若者は多い。

で、二人は川べりに腰をおろし、おしゃべりをする。
美穪子は、ある思いをこめて三四郎に「ストレイ、シープ」(迷える子羊)と謎めいた言葉をつぶやく。


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根津、藍染川跡。美穪子達は、そこを右折した

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丁字屋。家の前に藍染川があった


後日、二人は本郷4丁目の夕暮れを散歩し、上野の丹青会の展覧会をみにゆく。
本郷の町は、古風だが当時はモダーンで、
美穪子の髪を飾る大きなリボンを売っていた洋品店の「かねやす」もビルに変わったが、
どっこい江戸時代から生き残ってきた。
三四郎はある時、金縁眼鏡のひげをきれいに剃った、スマートな紳士と美穪子の出会うのを目撃する。
人力車から、男はさらりと降り立ち、彼女に近寄る。
漱石は美穪子のこの相手をスノッブな男とみている。
三四郎は、恋の結末を知った。


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野々宮が、美穪子にリボンを買った

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当時、流行りのリボン


ある日、
美穪子が教会のミサに出かけ、それを終わるのを三四郎は待っていた。
寒い日だった。
ミサが終わり、最後の4人目に美穪子は縞の吾妻コートで現れた。
「寒かったでしょう」
女は、手にしたハンカチを三四郎の前にかざした。
鋭い香りがする。
「ヘリオトロープ」女は静かに言った。
本郷4丁目の夕暮れである。
「結婚なさるそうですね」三四郎は言った。
「ご存知なの」
女はややしばらく三四郎をながめたのち、聞きかねるほどの溜息をかすかに洩らした。
やがて細い手を濃い眉の上に加えて言った。
「われはわがとがを知る、わが罪は常にわが前にあり。」


青春は、いつの時代もほろ苦い。
ウルトラモダンに酔った明治は、現代に似ている。
いまも、知的でコケテイッシュで行動的な女性が街に溢れている。
本郷を散策し、ライスカレーを食べ、三四郎池でくつろいでいると、
古い和綴じの本を開くような、フシギな時を遡る恍惚に酔うのである。


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美穪子の家には自家用人力車があった

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本郷4丁目、右は炭団坂。漱石も子規も散歩した

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美穪子の出て来た教会

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