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〜漱石ハートにナビゲート4〜硝子戸の中

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漱石像


庭で子供たちが焚き火で遊んでいる。
漱石が、「そんなに焚き火に当たると、顔が真っ黒になるよ」というと、
末の子が「やだぁ」といった。(硝子戸の中)

漱石は、精神的な病の発作がなければ、怖くない優しい父親だった。
「もういくつ寝るとお正月」と子供と唄ったり、鞠をつき、散歩に連れ立って玩具を買ったり、
アイスクリームを一緒に舐めたり、子供とよく相撲もとった。
かるた取りも好きで、子供に混じって遊んだが、気にいったかるたは、誰にもとらせなかった。
それは、
「屁をひって尻つぼみ」
「頭かくして尻隠さず」
「臭いものにはふた」
という変な3枚にこだわり、だれにもそれをとらせないユーモリストだった。
しかし、いつ突然、病気が爆発するやもしれず、家族はいつも恐れていたという。

ある早朝、みなをたたき起こし、そのまま洗面所で髭を剃った。
「ギーギー」というカミソリを研ぐ音に、
みな震えあがったと孫の松岡陽子マックレインさんは、伝えている。

赤茶けた素焼きの鉢をたたき割った直後、漱石は悔悟する。

「……むごたらしく砕かれたその花と茎の哀れな姿をみるやいなや彼は、
 すぐまた一種のはかない気分に打ち砕かれた。
 なにも知らないわが子の、嬉しがっている美しい慰みを、無慈悲に破壊したのは
 かれらの父親であるという自覚は、なおさら彼を悲しくした。」(道草)

と、病の発作に苦しんでいたのだ。

猫の千駄木の家から本郷近辺に1年弱住み、そして生まれた早稲田近辺に漱石は移り住んだ。
約10年ここで最後までの生活が続くのだが、吐血した修善寺の大患を経て、この漱石山房とよばれる
家で、妻や子供との暮らしや木曜会の若い人々との集いを楽しんだ。
作品の「硝子戸の中」は、その病後の日々の感想や、回顧を淡々と語ったエッセイで、
ぼくの好きな一篇である。


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漱石山房

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山房のベランダでくつろぐ

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後列右から3が漱石と前列左から6名が妻子

漱石は、その山房に近い場所で生まれた。
早稲田通りから夏目坂へおむすび型に道路を一巡りすると、当時の漱石の生い立ちから終末までの、
環境を偲ぶことが出来る。
生家の跡に碑が建っているが、その碑には見向きもせず若者は、隣家の牛丼屋に急ぐ。
そういえば、漱石は、牛肉がことのほか好物だった。
この牛丼屋はそんなことは知るまい。

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漱石山房跡

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漱石生家跡の碑


かどの酒屋は小倉屋、江戸時代からある店だ。
高田馬場の決闘に駆けつけた堀部安兵衛が、店で升酒をあをった、その升が残っているらしい。
公開していないからわからないが、漱石もそれをみたことがないなどと、書いている。
ただ、その酒屋の娘御北が長唄をさらうのを、少年時代の漱石は、家の土蔵の白壁にもたれながら、
ぼんやりと聞いていた。
「旅のころもは、鈴懸けの……」などという文句を自然と覚えてしまった。

近所の路地に、そんな感じのお師匠さんの立て看板があった。
ボーンという鐘の音が竹薮の奥から 聞こえて来た誓閑寺もすぐ近くである。

「……朝晩のおつとめの鉦の音はいまでも私の耳に残っている。
 ことに霧の多い秋から冬にかけて、カンカンと鳴る西閑寺(ママ)の鉦の音は、
 いつでも私の心に悲しくて冷たい或物を叩き込むように小さい私の気分を寒くした。」(硝子戸の中)


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右は夏目坂、左は小倉屋酒店

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お稽古所


かれは生まれ落ちてすぐ、
古道具屋にもらわれ、また別の家に養子に出され、三度目に生家に戻された。
こんな惨憺たる幼少時代を経て、グレもしなかった漱石は、その代償に内深く精神的な傷を負ったのだろう。
作品の中には、その境遇の恨みつらみは、洩らしていない。
だが、その生い立ちの悲しみと、近代日本の開明期の不安が、
漱石をひどく苦しめたに違いない。
だから、その人生に共感し、漱石を慕う人々が多いのだろう。
漱石の死後、17回忌も迎えたというのに、集まった小宮豊隆や鈴木三重吉、森田草平が、漱石を惜しみ、
その薫陶を得られた幸せを噛み締め、しみじみ泣いたという。
松岡譲の述懐だ。
漱石はいつまでも懐かしい人である。

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誓閑寺、左鐘楼

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木曜会の面々。津田青楓画

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山房周辺の家並

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