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こんな時代の疲れには、盧花恒春園の樹々が効く。

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盧花恒春園の竹林


朝日新聞の何処かでみかけた。
「この猛暑も、みんな政府のせいにされ」みたいな川柳だった。
笑った。
やること、なすこと、ボコボコにされているいまの政治だ。
電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、みんなあなたが悪いのよ、というわけか。
そう、みんなあんたが悪いんだってよ。
政権を担えない連中も悪口と批判の垂れ流しで、国がどうなろうが知らん顔だ。
どいつも、こいつもミッション(使命感)なんて、もってないもんね。
そんなことを考えていたら、胸くそが悪くなった。
ああ、疲れた。

反射的に、すがすがしい風景に浸りたくなった。
明治の文豪、徳冨盧花の残してくれた7万平方米の自宅跡の
「盧花恒春園」にムショウに出かけたくなった。
竹林や、武蔵野の匂いのするふところに抱かれて、
盧花の抱いたミッションを噛みしめたくなったのだ。
盧花は、弱者への深い思いを抱くトルストイに心酔した。
遠く厳寒の地にトルストイを訪ねたこともある。
かれらは、生まれながらに人道主義の明確なミッションを
もっていたような気がする。
自然と人生の調和も盧花の主題だが、「勝ちのかなしみ」という
論旨で、ナポレオンなどの勝利者の胸に去来する悲哀を論ずるなど、
深い人間省察で当時の若者に感銘を与えた。

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盧花居室

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芦花公園、竹林

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盧花公園、紅葉

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居室


ぼくは高校生の時、ナチの強制収容所で死の淵まで体験した心理学者の
ヴィクトール、フランクルの「夜と霧」を読み、感動した。
「どんな絶望的な状態に陥ろうが、何処かできみを必要とする人が待っている。
だから、絶望の淵に立たされても、あきらめてはいけない」という意味のことをフランクルは述べている。
ウーム、「自分を必要とする人間が必ずどこかで待っている」と信じることか。
これも難しいことである。
しかし、この絶望的状況でも、それが自分のミッションだ、と信じ耐え抜いた人がいた。
事実、親族、友人のほとんどが死に絶えたなかで、かれを待ち続けた奥さんと奇跡的な邂逅を果たしたという。

恒春園の林のなかを歩きながら、盧花やフランクルが願ったことについて
いろいろ考えてみた。

めでたい正月でさえ、時代の暗雲に虚しい思いをすることもある。
そんな時、
芦花公園駅南口から、
ひとけのない竹林や樹木の生い茂る風景のなかを、
ぜひ盧花恒春園へ歩を運んでみてくださいネ。


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盧花邸庭

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元、ウテナ会長宅

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門前の小川の鯉

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街には大木が多い

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巨木の生い茂る屋敷

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