« これでいのだ。青梅に赤塚不二夫会館があっても。 | トップページ | 韓流、新大久保、アニハセヨ。 »

猫町、幻想。

01_p1290308
猫町にはいる


萩原朔太郎の短編に「猫町」という作品がある。
旅人が猫達の構成する町に迷い込むというフシギな設定だが、
この物語をモチーフに、町の一角を猫町として幻想化する試みが、あちこちにあるそうだ。
そのひとつを覗いてみた。

どうせ、この不況のなかでの商店街の苦策だ。
お金もかけられないので、そうたいそうな仕掛けができるわけではないが、
その試みの熱意にこちらも乗らなければ、仁義にもとる。
できるだけ、猫町幻想に溺れてみようと思った。
それが、この数点の写真である。
フシギな建物、覗く猫や、ひそひそ囁く猫。
なぜかナマの猫は、一匹もいない。


02_p1290250


03_p1290347

04_p1290370


05_p1290341


06_p1290446


そもそも、猫は、犬などと違って不可解な動物である。
大半の人が、それぞれの猫体験をもっている。
猫というものは、
人間に媚びるし、従順を装うが、それは瞬時でしかない。
いつしか、あの金色の怪しげなマナコを光らせ裏切りを始める。
その魔性の生態は、多くの物語を産んだ。
ぱっと思い出しても、
「長靴をはいた猫」「鍋島猫騒動」「猫と庄三と三人のおんな」……
フシギ猫の、物語はいくつかすぐ、浮かんでくる。

久世光彦さんのエッセイを読んでいて、「猫町」の源流のような小説に出会った。
19世紀初頭、イギリスのアルジャーノン・ブラックウッドによって書かれた「いにしえの魔術」という物語だ。
主人公のアーサー・ヴェジンは、都会の喧噪に疲れていた。
ある日、山間ののどかなちいさな駅に降り立つ。
そこは、一世紀程昔に取り残されたような、古い町だった。
その町のたたずまいや、もの静かな人々の動作や会話にヴェジンはすっかり気にいってしまう。
心地よい弛緩。
たぶん、それは、燐光を放ち、秘薬の匂いが漂ってくる二幕目への序章だっだのだろうが。

2日、3日と経つうちに、かれは少しずつ首をひねるようになる。
この町の住民は、足音をまったく立てない。
なぜかジグザグに歩き、まるでそこえ行かないようなふりをして、突然、小径に走り込む。
……はじめは、奇異に感じていた住民の挙動動作にいつのまにかヴェジンは
親近感を抱きはじめる。
これから、なにかが起ろうとしたり、
起らなければおかしいというという気配に、ぼくは不安を覚えるてくる。
このあたりから物語はだんだん怖くなる。
ヴェジンは自分も町の人と同じ動作をしたくなる。
そして、なぜか、
いくら抑えようとしても、のどから奇妙な声が出そうになってくる。

ーーーそしてある夜、かれは町の道路や屋根を走って、
無数の猫達が、ヴェジンの宿の大ホールに集まってくるのを見た。
かれの目に浮かんできたのは恐怖ではなく、
たまらない懐かしさだった。
かれはとうとう、猫の声で叫んだ。
無数の猫達が、一斉にかれの方を振り仰ぎ、おなじ声で啼いた。ーーー

夕暮れ近くなった、山間の駅。
青梅発東京行きの電車に、ぼくはぐったりとして乗り込んだ。
気ずけば裏山が、巨大な黒猫の背中を思わせた。


07_p1290383


08_p1290350


09_p1290271


10_p1290502

|

« これでいのだ。青梅に赤塚不二夫会館があっても。 | トップページ | 韓流、新大久保、アニハセヨ。 »

ペット」カテゴリの記事

僕的、都市ウオーク&おいしい。」カテゴリの記事

写真」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1150352/38938337

この記事へのトラックバック一覧です: 猫町、幻想。:

« これでいのだ。青梅に赤塚不二夫会館があっても。 | トップページ | 韓流、新大久保、アニハセヨ。 »