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2011年4月

さくらの野辺と、浜の風。

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桜は咲いたけど

さくらは、被災地でも、なにごともなかったかのように今年も咲いている。
さくらは、いつもの場所で、明るく咲いている。
さくらを歌う悲しい唄があるのか、どうか、ぼくにはあまり記憶がない。
しかし、こんなに明るく、さくらが咲いてくれようと災害の悲しみは消えることはない。
この、明るさと美しさが、なんとも複雑な思いをいだかせる。

さまざまなの事 思い出す 桜かな     芭焦

一方、砂浜の広がる浜辺には、悲しい詩や旋律が沢山ある。

青い月夜の浜辺には
親を探して鳴く鳥が
波の国から 生まれでる
ぬれた翼の 銀のいろ

浜千鳥(鹿島鳴秋)

親や、愛娘に先立たれた鳴秋が洩らす痛恨の唄である。
また、加藤まさをの
九十九里浜にヒントを得た、「月の砂漠」をゆく死の旅のような情景は、
かれの失意の明け暮れのなかで生まれたといわれている。

広い砂漠をひとすじに
二人はどこへ行くのでしょう
朧にけぶる月の夜を
対のらくだはとぼとぼと
砂丘を越えて行きました
黙って越えて行きました

なんと絶望に満ち満ちている情景ではないか。
浜辺をモチーフにした多くの詩に、悲しい思いが多いのには考えさせられたものだった。
ぼくらは、あの東日本の無惨な浜辺も忘れてはいけない。
被災者の方々にの、しあわせを取り戻されることを祈り続けなくてはいけない。


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普通の日常、黙ってみている青い空。

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八重洲の桜

4月10日、東京八重洲から有楽町、銀座まで歩いてみた。
お花見、被災地救援市に集う人々、銀ブラ、原発反対デモ。
思い思いに街を楽しみ、思い思いに自己主張している。
空は抜けたように青く、災害の悲劇を悼みながらも、街には皆の連帯感や
心情が溢れているように思えた。
TVでは、時にヒステリックな、人を誹謗するのをみて、うんざりすることもあるが、
東北の野菜や果物を買い込んでいる人々をみると、やはり、日本人て
やさしいくていいなあと思う。
TVの公共広告では、
こんにちわ、ありがとう、ぽぽぽぽーんと、AC ジャパンのCMが流れて好評だ。
映像がアニメのせいか、なんとなく感覚的に共感や連帯を抱かせるいい作品だ。
太平洋戦争が終わって、廃墟と虚脱感のなかで流行した「リンゴの唄」がこれに似ている
ことを思いだした。

赤いリンゴに  くちびるよせて
黙ってみている  青い空
リンゴはなんにも言わないけれど
リンゴの気持ちはよくわかる
リンゴ可愛いや  可愛いやリンゴ
(サトウ ハチロー詞、万城目正 曲、並木路子 唄)

という時代の気分を抽象化した歌に人々が共感したのに似ている。
こんにちわ  ポポポポーン。
と歌っている「ショピン」というバンドのボーカルの「ののほ」ちゃんが、
マスコミの取材を受けない、というのもなんとなくいい感じ。
それにしても、街じゅうマスク人間があふれているのには驚いた。

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東北救援野菜市

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野菜市

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有楽町

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銀ブラ

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有楽町

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銀座

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銀座

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有楽町

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ことば、ひと、こころ。

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4月9日、朝日新聞の、福島第一原発、免震重要棟で対策を練る人達の映像にショックを受けた。
この50人ほどの人以外にも炉に近い現場に張り付いている多くの人々の
ナマの現実の一端が、ここにある。

ぼくは、このひとり、ひとりの表情を目をうるませながら眺めた。
静けさと、緊張感。
家族への思いをめぐらせながらも、かれらは、ミッションを貫ぬこうとしているのだろう。

それにしても、内外からの震災の義援金、ボランテイア、消防、警察、自衛隊、政府と地方自治体、
それに外国の救援隊、あらゆる機構や個人が、じつに感動的な活動をしている。
いち早く、巨額な義援金を拠出した久米さんや、石川遼クンの凄さや、それに貧しい
お笑い芸人の陰徳など、心打たれることの連続だ。
ただ、こんな事態に陥っても、政治が一体化して国難に当たる事が出来ないのは本当に情けない。
そのなかで、小さいが党を超えた善意で、心をなごませるできごとがあった。

3月末、防災服を着た細野豪志首相補佐官とすれ違った自民党の河野太郎衆議院議員は、
海外に持つ広い人脈をもとに耳打ちした。

「その服を着て会見するのはやめた方がいい。
 海外から、『東京も危ないのか』という声がよせられ、誤った印象を与えている」

と、忠告した。(朝日4月4日)

枝野官房長官のだぶついた防災服が消えた背景がこれである。
その枝野さんのことだが、
国難のさなかで、政治家でも業界人でも、理性を失ったり、つい感情的になったりする
そんな場面は、TVにも散見されるが、
枝野さんの沈着、理性的なスポークスマンぶりは見事である。
英紙デイリー・テレグラフ(電子版)でも、よく頑張っている、と評しているそうだ。


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沈着、といえば、先発出動の福島第一原発に向かう自衛隊の記者会見での、
統合幕尞長の折木良一さんの貫禄と確信に満ちたメッセージを聞いていて、ホントに安心した。
久しく日本から消えた、風格ある統率者の出現を見た思いだった。
それにしても消防、警察、自衛隊と組んだ日本のデイフェンスは実に心強かった。

放射能障害のことを考えよう。
心配はつのるが、事故最悪のケースのチェルノブイリのデータに学ぶのも大切だ。
チェルノブイリ事故は、汚染区域で10~20ミリシーベルト。
個人の意志で、強制移住地区に住み続けた人の積算値は50ミリシーベルトを超えたという。
しかし、やや、安堵感をさそう注意深いデータがある。

国際機関と共同でチェルノブイリでの健康調査を実施してきた山下俊一、長崎大教授(被爆医療)
によると、セシュウム137の影響を受けた健康被害については確認されていないというのだ。
山下さんは

 「現地の人は汚染されたキノコや野菜を食べ続け、
  体内にセシュウム137を500~5万ベクレルぐらいを持っているという。
  しかし、なんら疾患が増えたという事実は確認されていない」

と述べているのだ。(データは朝日新聞、4月8日)

ぼくたちは、食べ物のことにもっともっと注意深く向き合わねばならないが、
ぼくはもう歳だし、この際、山下教授の調査データを信じて、
放射能の過度な心配はしないことにした。

交通会館で販売している被災地産の野菜や果物などを
買って食べ続けてみようと思っている。


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どんな情報を、信じますか?

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避難所でお手伝い


東関東の被災情報には、国民みな釘ずけになった。
大変なことが起った。
原発はとんでもないことになっている。
どうしたら、事故を解決できるのか。
国民全てに、最終的な「解」がみえない。
目にみえない恐怖、水道や食い物に放射能を検出、との報道には驚愕した。

なにせ、東電が浮き足だっているし、保安院は、なんのためのスポークスマンなのか不明だし、
学者は教科書を読んでいるようにみえるし、菅さんの傍を固めるセカンドオピニオンの学者や原子力関係者に、
最終決断を任せてもいいのか不安だ。
ぼくたちは、どの人物の情報に頼ったらいいのか、
たとえば、ガンだと宣告された時には、この人物、この医者の治療法に委ねる、というように。
それにしても、東電の狼狽や、学者の覚束ない説明には、国民は、一様に不安に陥っている。

4月1日の朝日川柳(西木空人選)でも、そんな不安が一杯だ。

覚えられないよう  学者日替わりに   (福岡、石井氏)
不安員と呼びたい気にもなってくる   (三鷹、二瀬氏)
東電を叩けば泣かす作業員   (横浜、平松氏)
と、みな嘆き節だ。

結局、この難局が収まったあと、いまTVを賑わせている多くの学者や識者は、
キレのいい分析や、総括をすることだろう。
すべてが終わった「あと」の分析や評価には、たいそうな能力を発揮するだろう。
だが、かれらはいま起きている危険な現象の、いま手を打つべき対策、処理には、なぜ踏み込んだ
主張をしないのだろう。


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モーニングショー


ツイッターなどでは、ガセ情報が流されたようだが、大筋、情報の共有がなされ、支援活動の立ち上がりにも大変役立ったという。
そして、各ジャンルの専門家のなかではソーシャルメディアではなく、
ネットで真実を求めたナマナマしい議論が、激しく交わされたという。
いずれ時間が経てば、自分の理論や見識が、批判の対象になるかも知れぬリスクを背負った勇気ある発言だったようだ。
ソーシャルメディア、なかんずく、TVでも勇気ある発言をした学者もいないではないが、
多くは、腰砕けの状態に陥っている。
これらは、あと検証を恐れた、卑怯な自己保身のコメントにみえることさえある。
しかし、自説を強行させ、結果責任には頬かむりの厚かましい人間もいる。

例えば、ひとつの例がある。
香川県の多度津町には、世界最大級の原発の耐震テストの施設が造られ、
それは老朽化した発電設備の耐震性の実地テストが出来る、日本では唯一可能な施設だった。
05年に「そんな施設は必要ないだろう」
ということで、その施設は民間に売却されスクラップされた、という。
時の、原子力安全委員会委員のS氏や小政党のY氏は、危機感をもち存続のため奔走したが、だめだった。(資料は、11、4、4、AERA )
これが、今回の大被害に関係があるといいはるつもりも知識もないが、
重要なポディションにあった人は、こういう重要事項については充分な説明をする義務があるのではないか。

ぼくたちは、一般的に責任ある人々の結果責任について寛大すぎないか。
その甘さが、重大な事象の情報リテラシイや、人間評価の眼を曇らせているように思えてならない。
いまや専門家や言論人に求められている役割も変わった、とみるべきだ。
(それらの人々が)
「メディアに言論を提供する役割から、自らメディア「になる」役割へ。
事件を事後的に分析し評価する役割から、リアルタイムで変化する現実に介入し
リスクを取る役割へ 」(3、31朝日、東 浩紀)
闘い、かつリスキーな言論行動へと
変わらざるを得ない、厳しい時代に突入したことを感じさせる。

あなたは、信ずる情報リテラシイをもっていますか?


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