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「本郷館」も消える。明治は遠く、本郷三丁目。

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本郷館が消える。


 上野の不忍池から本郷に抜ける坂道、無縁坂。
その坂の途中にある格子戸の家に、おとなしくて気立のいい娘、お玉が高利貸しのお妾さんになって住んでいた。
お玉は、いつもその坂を通る医学生の岡田にほのかな想いを寄せ、
岡田がいつか自分をとらわれの身から救い出してくれはしないか、と夢想している。
これは、
森歐外の「雁」に描かれた悲恋の物語の風景だが、
その医学生の岡田の下宿しているという設定の、
「本郷館」が、築106年を経て、8月1日、取り壊されることになった。
関東大震災や東京大空襲にも耐えてきたが、建物の老朽化が激しく、
家主は、解体を決意した。(本郷6丁目、1905年、明治38年建築、木造三階建て、76室)
一見すれば、巨大軍艦を思わせる、存在感あふれる
この木造三階建てに、感嘆しない人はあるまい。
存続を願う人々と家主との間に訴訟まであったらしいが、
結果は、残念なことになってしまった。
あわてて、ぼくも、現場に駆けつけてみたが、同じような思いの若者や、年輩者が
名残をおしむように、カメラをむけ、坂に沿った建物のあたりをうろうろしていた。
この界隈は、旅館の鳳明館や、本郷会館はじめ古い民家など、明治大正が息ずいており、
この巨大な本郷館は、その中核としての風景を形成している。

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巨大な三階建て。

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反対派は、近所で、展覧会を展開。

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解体を惜しむ、街頭展覧会。

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旅館、鳳明館。


「先日の東北大震災でも、瓦ひとつ落ちなかったのにねえ」と、近隣に住むらしい老人も嘆いていたが、
「うーん。」ぼくも嘆息しか出てこない。
ふと、「人生は、レジグナテイオン(あきらめ)だ」という、鴎外の人生観を思い出した。

広大な東大キャンパスの前、本郷通りをへだてた本郷3~6丁目を中核としたエリアに、
多くの東大生や、文人、学者が、生活し歴史を育んで来た。
そのあたりに残存する明治や大正、の風景に浸りながら、ぶらぶら歩いた。

樋口一葉の住居あとに、しばし佇む。
彼女が暮らした、
手押しポンプや、狭い路地裏の空間に、遥か、明治への想像の絵を描いてみた。
質素で、美しい一葉。
冬、凍えた手で汲んだであろう、手桶をもった姿。
溢れるような才能を潰しにかかった貧困。
あえかな半井桃水への、慕情。
過去は痛ましく、いとおしい。


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一葉の暮らした路地裏と、ポンプ。

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明治に抜ける、鐙坂。

すぐ裏手の、
鐙坂で、坂上の白く抜けた空間をみつめてみる。
その空間は、そのまま明治に抜けていって欲しい幻想を想起させた。

菊坂に戻り、一葉の通った旧伊勢屋質店の前で、カメラを向けていると、自転車で、
きたおばさんが、荷台からごそごそと紙片を取り出して、
「11月の一葉さんの命日に、質屋さんのなかが見学できますよ」と教えてくれた。
紙片はこのあたりの案内図だった。
よく情報誌に推奨されている、すぐ近くのキッチン「まつば」で、チキンカツを食べた。
白髪のやさしそうなおばあちゃんが、店を仕切っている。
「本郷館なくなるんだってね」
語りかけると、
「ウン、寂しいね」
おばあちゃんは、ポツリと答えた。
下宿めしのような、素朴だが、ボリュームたっぷりの、こころ暖まる食事だった。

これも古い歴史の「万定」でフルーツジュースを、と寄ってみたが、閉まっていた。
外壁はアールデコの装飾が懐かしい、フルーツパーラーだ。
本郷通りの「ルオー」で、黄いろいタングステンのやわらかな光に包み込まれるように、
コーヒーをゆったりと味わった。
今日は、
妙な寂寥感で過ごしたが、一方、なんとなく慰められた気分の一日でもあった。


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一葉の通った伊勢屋質店。

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万定フルーツパーラー。

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喫茶、ルオー。

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