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あの人の味覚、通いつめた店。新橋、銀座あたり。(その2)

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銀座の裏通り。不気味な雰囲気の小路に、著名なバーがある。
「銀座・ルパン」
その店に一枚の、写真が、飾られている。
カウンターの高椅子に座り、こちらに軍靴をむけている男。
林忠彦の撮った有名な太宰治のポートレイトだ。
この写真で、「ルパン」は太宰フアンにとって「太宰の聖地」になった。
1946年11月25日、坂口安吾、織田作之助と「無頼派3人衆」の座談会のあと、
ここに立ち寄った太宰のワンショットがその写真である。
衰弱した、織田作の影の薄い姿を、激写していた林に、太宰が声をかけた。
「おーい。織田作ばっかり撮らず、オレも撮れよオ」
聞けば、その男が著名な太宰だというじゃないか。
「よし、」
鞄をまさぐり、
林は、一個だけ残ったフラッシュを発火させ、あの一枚を撮った。
 この夜から僅か一年半たったあと、三鷹の玉川上水で、太宰は入水自殺した。
バー「ルパン」。
ここでの酒には太宰やニヒルな無頼派文士たちや小津安次郎など、著名人が
蝟集した重い時間が澱んでいる。

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バー・ルパン


賑やかな銀座4丁目の交差点に出る。
海外ブランド店や、大改装の三越など立ち並ぶなかに、餡パンの写真が、ぽつりと飾られたビルがある。
写真は、木村家のパンだ。
その餡パンの看板をずっと下にたどると、そこに、ある物語が息ずいていた。
昭和のはじめ、ひとりの少女が、その木村家の店頭で、ふくよかなパンを憬れのまなざしで見つめていた。
まるで、マッチ売りの少女みたいな寒々としたショットだ。
これは、
貧窮と、流浪の人生「放浪記」に描かれている、林芙美子の少女時代の実体験である。
そこには、ため息のでるような、思い出が詰まっている。

 「木村家の店さきでは、出来立てのアンパンが、陳列のガラスをぼおっとくもらせている。
いったい、何処のどなた様の胃袋を満たすのだろう……」。

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アンパンの看板

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店頭に並んだ、あんぱん


 芙美子の少女時代。
 銭湯の下足番、カフェの女給、セルロイド工場の女工員など、
食べる為の職業を転々とし、貧しさに悩みながらも、文学への夢を追い続けた。
そして、
作家としての栄光が訪れた。
「放浪記」。
この作品は、演劇でも森光子主演で、ロングランが続けられた。
芙美子は食べることに、難儀した半生だったが、
その後は、一流店をめぐり、自信の舌で数々の馳走を堪能する人生を掴んだ。

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木村家

銀座7丁目の「いわしや」は、彼女のおめがねに叶った店だ。
間口は狭いが、92の席がある、外人の客も多いそうである。

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いわしや


 銀座は、菓子店も豊富である。
銀座通りだけでも、虎屋、立田野など、一流店がずらり。
そのなかでも、並木通りの「空也」は、長い歴史の店だ。
文豪たちにも喜ばれた。
夏目漱石も、甘いもの好きで、いろんな老舗の菓子が、作品や文献のなかにも登場する。
空也最中も、そのひとつだ。
「空也」は、漱石の時代、上野の不忍池のたもとで、営業していた。
漱石が、友人の橋口五葉宅へ訪れるたび、橋口は空也から、菓子を取り寄せていたという。
「空也堂の最中にも感心する」という漱石の感想が残っている。
池の端の「空也」の店舗は太平洋戦争で戦災に遭い、銀座6丁目に移転した。
現在も、自家製で少量生産のため、客は、なかなか買い求めるのが大変だ。

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空也もなか


昼下がりの新橋駅前。
ほろ酔いのサラリーマンの、ユーモラスなT.Vインタヴューでおなじみの場所だ。
突如、広場に置かれたS .Lから汽笛が鳴って驚いた。
「なんだ?突然。」
傍にいた掃除のおじさんに尋ねると、
「時計代わりに鳴るんだよ。
こないだも、子どもが、びっくりして、脅えてたよ」
いやあ、おれも脅えたよ。

S.Lのその向こう側に、鶏料理で有名な「末げん」がある。
料理でも有名だが、三島由紀夫がひき起こしたあの事件の前夜に、
同士たちと、最後の晩餐を、囲んだ店としてもしられている。

 三島の思想や行動については、俗人の理解を越えるが、
かれの食へのこだわりという点からみると、興味深いものがある。
「盾の会」の4人の部下との最後の晩餐の二日前、三島は、家族との最後の晩餐も
この「末げん」での鶏料理だった。
人生最後の食事で、しかも大切な相手との密度の濃い時間を、
再度、この店で過ごしたということは、
余程、この店の料理や雰囲気が、気にいっていたのだろう。

最後の晩餐は、午後6時に食事が始まり、8時に退席する。
帰り際、「末げん」の若おかみが、
「またおいでください」と声をかけると、
三島は、「え?」と声をあげて、
「そういわれてもなあ。
また、あの世からでもくるか」
と、答えたという。
嵐山光三郎氏が、この重要なエピソードを、伝えている。

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「空也」は、もと不忍池のかたわらにあった。

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末げん

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コメント

ご無沙汰しています。
ご健筆長く続いています。
話題は尽きないほど頭の倉庫に詰まっているのですね。

時間に余裕がでてきましたので、これから、時々読ませて頂きます。

皆さまによろしく。

岩井さんはカミサンが月に何度かお目にかかっているようです。

鷹取。

投稿: ijin | 2011年10月25日 (火) 15時13分

このところ、体調を崩して療養中です。
のんびり、たわごとでも、ぼちぼち書かせてもらうつもりです。
ありがとう。

投稿: ゲンゴロウ | 2011年10月25日 (火) 19時58分

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