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水難. アユタヤ残照。

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 「アユタヤ、大変なことになっているね。」

Tさんから、ひさしぶりの電話は、タイの洪水の話題だった。
タイの水被害のスザマしさは、連日、これでもかというくらい報道されている。
ウーン。
あそこが水浸しになっているのか。
Tさんとぼくは、かってアユタヤでの、ヘンテコな出来事を思い出していた。


 ずいぶん時間が経過したが、夏の強い日差しのなかで、
撮影が進行出来ず、みな困惑していた。
アユタヤ。

 あの廃墟と化した赤茶けた寺院の壁にもたれながら、
撮影前の、現地側との交渉がラチがあかず、2~3時間もすったもんだ、していた。
ある広告の撮影で、10人ほどのチームを組み、アユタヤとパタヤ沖の孤島で、
モデル撮影をしようという計画だった。
ところが、その撮影の衣装のコンセプトが当時流行していた、
キャミソールファッションでという部分で、むこうのチェックにひっかかった。

 タイ側は、タイ文化省だったか、役人が現場で撮影に立ち会い、
さらに軍の大佐がお付きを従えて、監視するという、一見ものものしい雰囲気だった。

「ここは、神聖な寺院である。見学の女性といえども、半袖のシャツ姿ではいけない」

というのが、タイ側の主張であった。
ましてや、キャミソールの撮影なんぞ、ノ.ノ.ノ……。
といった感じだった。


 この撮影のプロデユーサ-は、今日ボクに電話して来たTさんだった。
Tさんは、現地のコーデイネーターの財部さんに、当然のごとく事前許可をとる手配はしてある筈だ。
どこでどう、確認事項の食い違いが生じたのか、書類はどうなのか? どうも、話しが通じない。
ぎっちり詰まった、1週間の撮影スケデユ-ルで、のっけから躓いていたら、
これからどうなるんだ。

今日の予定の撮影時間は、日没を計算にいれても、3~4時間しかない。
モデルのオシタクにも相当時間はかかるだろうし、みんなもイライラしていた。
Tさんと、でっぷりした貫禄の財部さんとの話し合い、それにタイの役人の女性との話し合いは、
終焉を迎える兆しはない。

 口を出す権限もなかったが、ボクは、

「ここがかれらの聖地であって、その条件を守らなければ、ダメだというんだったら、
 キャミソールのコンセプトを変えるしかないでしょう。」

ボクは、横から口を挟み、そう言い切ってしまった。
だが、かれらも、詰まった話しを解くきっかけをまっていたかのように、

「そうしよう」

と、Tさんは、次の段取りに切り替えた。
さすが、タイ側もムリな原則のゴリおしはひっこめた様子で、あとはあ、うんのムード。
Tさんは、さすがベテランだった。

「撮影の迫力で、かれらに、わかってもらえばばいいよ」

Tさんはそう云うと、ぼくと、にゃっと、顔をみあわせた。

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 タイ文化省の女性は、50才がらみのインテリで、ボクは撮影の合間に通訳を通じて、
歴史や、文化の話題を楽しんだ。
タイの仏様や、涅槃像は、コミカルだったりおだやかな表情をしている。
日本の、仏像が、厳しいなかにも慈悲を感ずるおごそかなイメージと感ずるのとは随分、
異なるように思えた。
その点を尋ねると、彼女は、

「ウーン。そうですね、アユタヤの仏様の表情には、
 この土地の人々の顔や人間性を反影しているのかも知れませんね。」

という見解だった。
そういえば、ボクの機材を持ち運びしてくれた長身で素朴な「キーちゃん」も、車両関係や、
雑用をこなしてくれたタイ人たちもボクは、おだやかな好印象をもったものだった。


 役人の女性は、アユタヤの撮影が終わると、姿を消したが、監視役の大佐は、
几帳面に、早朝必ずホテルに顔を出し、撮影に同行した。
かれは、歳の頃、3~40才で、背はあまり高くなかったが、
ジョン・ローンに似たハンサムな青年だった。

わがチームのモデルや、へアメイク、スタイリストの女性たちは、大佐が、こっち向いたとか、
こんなしぐさをしたとか、撮影日程が終わる迄、じつにかまびすしく、
楽しそうに大佐を話題にしていた。

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 アユタヤの撮影のスタート時、トラブルに、ぼくが口出したことはさきに書いた。
その時なんとなく、タイの考え方を遵守した、イイ子のような立場に立ってしまったボクは、
大佐と、それをきっかけに、親近感を感じるようになった。

 パタヤのホテルでは、朝食のテーブルを一緒にした。
大佐は公務なのに、”彼女”をホテルに同宿させていたことをボクは発見し、
背中をつついてからかったこともあった。
パタヤから孤島に向うクルーザーには、ロイヤルシートが1席あって、
そこへかれを坐らせた。
かれは喜こんでいた。

 そんないきさつからというわけでもなかろうが、大佐は、撮影に口ひとつ挟まず、
ボクらはのびのび大胆な撮影を続けた。
時折、見回しても、ぼくらの視界に大佐がいない事が多かった。

 撮影が終わり、撮影済のフィルムチェックなど、最後の承認事務などが残っていたが、
帰国前日、
ボクは、バンコク市内を散策し、土産のタイシルクを探して歩いていた。
携帯が鳴って、通訳が、大佐がホテルにきてくれという。

「なにか、トラブルか?」

なんだろう、とホテルに戻ると、ロビーに正装した大佐が、従者をふたり従えて、
立っていた。

 通訳に尋ねると、公務の用事もあったが、

「ミスターに、お別れのあいさつをしようと思って」

とつけ加えた。

「ボクに、ワザワザごあいさつを?」

ボクは、胸があつくなって、思わず大佐の手を強く握りしめた。

 タイの洪水の被害に、ご同情申し上げると同時に、
あの時のタイの人々とのささやかなふれあいをなつかしく思い出した。

Tさんが電話をくれたのも、同じ気持ちからだったのだろう。

「また、なんかやりたいネ」

Tさんは、ふふっと笑って電話を切った。


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