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2012年2月

そこには、ただ「空白の時間」が流がれているだけ。

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胃の痛みを一ヶ月こらえた。
漢方薬へ依存しすぎ、それが長い時間、苦痛に苦しんだ理由だった。
それへの依存がなければ2、3日で、たまらず西洋医に転がり込んでいたことだろう。
漢方薬局であれこれ取っ替え、引っ替え、薬を調合してもらったがどれも効かず、
やっと、それをあきらめ、大病院に出かけた。

 
 即、入院だという宣告。
なんだよ。
一旦、家に帰る時間もないのかよ、などと、ナマイキな思いも一瞬よぎったが、
あきらめ、ベッドの人となった。
二週間、とりあえず検査ずくめの缶詰だ。
その間、胃がメインではあったが、複合的な病状で、外科、心臓医、ほかの医師が鳩首議論を重ねて、
治療の手順に苦慮したらしい。
心臓がもたないかもしれないが、手早く胃から切ってしまはなければ、というのが、
はしょっていえば、先ずはの結論だったらしい。

 この無知な患者野郎が、知る由もなかったがが、手術直前、家族は、
相当深刻な医師の宣言を聞かされたらしい。

しかし、この無知な患者野郎も、そんな事態を全く感じとっていなかったわけではない。
家族への思い、かれらにやり残している事、それへの焦燥感はあったが、わが死への近さは、
まぎれもなく現実に認識していた。
フシギと、死への恐怖はなかった。
スピリチュルアルな文献をあれほど読み漁ったのに、よく話題として出てくるナルホドといったシーンは
脳裏に浮かばず、いとしい亡き父母も、思いの片隅に現われなかった。
あるのは、ただ病室の白い天井の認識だけ。
過去のことも、未来の空想も、頭になにも浮かんでこないのだ。

 ふと、アラスカ山中の廃バスのなかで死を待つ、クリス・マッカンドレスを思い起こした。
ジョン・クラカワーのノンフィクション「荒野へ」の実在の青年である。
かれも、バスの天井の白い空間をみつめたことだろう。

わが日常は、
ブログやら、撮影やら、イメージや記憶に頭が加熱していたのだったが、
死を意識した瞬間、頭に浮かびあがるものが、なにもなくなってしまったのだ。

「空白」

これは、不思議な体験だった。
空想も湧かなければ、なにもない。
絵が描けない、真っ白なのだ。

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これが数日続いた。
その間、第一関門の大手術は人智を越えた力で、幸い切り抜けてくれた。
「助かった」
アイ、シー、ユーで、傷の痛みに唸りながら、ふと食い物のイメージが、浮かんだ。
T.V.のグルメ番組が流れていたからだ。
銀座キャンドルのフライドチキンの味が脳裏に浮かんだのが、「空白」から
の脱出第一歩だった。
大袈裟にいえば、意識の「生」への生還だった。
だから、アリスの「なにもいいことがなかったあの街で」なんて、センチな歌のことを、
思いおこすなんてずっとあとのことだった。

 つくづく思ったのは、人間の生きるあかしは、「夢がみれる」と、いうことだった。
若くて、明日があり、そこには否応のないしんどさものしかかってくるが、隙間からは、
青い、夢が見えるじゃない。
夢が見れる、ということは「スゴイ」ことだゾ。
「うーん」  
唸った。
よく平凡に語られている、「夢や希望」が描けるなんてことが、どんなに素晴しいことか、
この体験で、痛切に、思い知らされた。
人生、終わりにきて。
もうアトがなくなると、どんなにいきんでも、アタマには、なにも浮かんでこない、
そんな慄然たる事実に出会った、凄い教訓だっだ。

さきに述べたが、手術直前、家族は医師に厳しい覚悟を迫られたと、あとで聞いた。
かれらに苦痛を強いてしまったことを知り、「ただ、風のように」 しか存在してこなかったつもりの
自分を、そんなに重く受け止めていたのか、と涙がでた。
絆 という、言葉は好きではなかったが、いまさらながら、その意味の深さを痛感させられたものだった。

 渥美 清のように、誰にも語らず、ひっそり消えようと思ったのに、やっぱり皆にお知らせせざるを得ないものだ。
友人や彼女たちが、こころに滲みる思いを寄せてくれた。
なにもいいことをやってあげてこなかったのに、きみたちはどうしてそんなにやさしいの。

M,N,K,I,T,A,S,さん、あるいは、ちゃん。
こころに響いた。

 死を待つバスのなかで、クリス・マッカンドレスは、書物の余白に書き込んだ。
もう、別世界に踏み込む決断した彼だが、そこに、
「幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合った時だ。」*****と。


かれは生きる意欲は喪ったが、「生きる」意味とは、これだったんだ、という認識だけは、この世に残した。

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