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お知らせ

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お知らせ
東雲通信をご覧のみなさま
いつもアクセスありがとうございます。
当ブログ著者、幡谷紀夫の次男でこのブログを管理している幡谷尚史と申します。
ご連絡が遅くなってしまいましたが
2012年11月9日に幡谷紀夫は胆管癌のため永眠いたしましたのでここにお知らせします。
79歳でした。
元々は僕が、やってみたら?と勧めたブログです。
過去に撮影してきた膨大な写真や、父がライフワークとしてテーマをもって文章を書いたりしていたことを
少しずつブログにまとめていけば良い作品集になるのではと思ったからです。
実際にはじめてみると、僕が知らなかった写真や内容も多くでてきました。
最初は、単なる過去の作品アーカイブとしてはじめたものでしたが、途中からは「今」書きたい記事を書くようになりました。
人が好き、
話をするのが好き、
映画が好き、
食べるのが好き、
観察するのが好き、
歴史をたどるのが好き、
なんでも「おもろいもの」を探すのが好き、
常に好奇心を持って街に出歩いていました。
愛用の小型デジタルカメラを常に持ち歩き、そのうち、撮った写真をデジタルデータで僕に送ることも覚えました。
ブログを更新していくことは父にとって最も手軽でやりがいのある表現手段だったと思います。
それこそ「イキイキとした生活」であったに違いありません。
僕もこのブログのおかげで、父とのメールでのやりとりが格段に増えました。
残された178件の記事は、父の作品のごく一部ですが、
どこを読んでも「愛嬌」のあるひととなりを十分に感じてもらうことができると思います。
そういう点で僕はこのブログを作っていて良かったと心から思うのです。
「東雲通信」は大半が検索ワードで飛んでくる人たちのアクセスです。
このままそっと残しておこうと思います。
偶然にもここに飛んできて、もしなにか共感できることでもあったらそっとコメントでも残していっていただければ幸いです。
そんな時は天国から、いつもそうだったように
「尚。いつもごくろうさん。返事書くからブログに載せといてね。」
なんてメールが届くのかもしれません。
ありがとうございました。

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コメント

お知らせを頂き ただただ驚くばかりです。
優しく穏やかで 少年の心を持った方でした。
奥様 ご家族様 さぞお寂しい事とお察しいたします。

心よりご冥福をお祈りいたします。

投稿: fumi | 2012年11月30日 (金) 22時17分

fumiさん

コメントありがとうございます。
生前から親しくしていただいていたそうで本人も喜んでいると思います。
ご存知かと思いますが、ともかく人と話をするのが好きで(特に自分がしゃべるほう)
正月に家族が集まる時などはにぎやかなものでした。
そういう意味でもさみしいところもありますが、
きっと向こうも新しい世界で新たな好奇心を爆発させてると思いますので
こちらも次の生活を前向きにがんばっていこうと思います。
ありがとうございました。

投稿: 幡谷尚史 | 2012年11月30日 (金) 22時48分

ご主人にはお目にかかったことはありませんが、お母様にはダンススタジオの公演の衣裳の際にとてもお世話になりました。
今はそのスタジオもなくなってしまい、お会いすることもなくなってしまいましたが
いつも「主人がね~」とおっしゃっていたのを思い出します。

お写真拝見して「あ~、幡谷さんの旦那様だな~」と、とてもやさしい気持ちになりました。

ご冥福を心からお祈りいたします。
お母様によろしくお伝えくださいませ。

投稿: マユミ | 2012年12月 1日 (土) 00時14分

マユミさん

コメントありがとうございます。
こちらこそ母がお世話になっております。
衣装の仕事はいつも大変ありがたくやらせてもらっているようです。
この写真は、受け継ぎ写真家になった兄が撮ったものです。
ふっくらしてますので病気前だと思います。
柔らかい表情で実に等身大でとても気に入っています。
撮るほうばっかりで撮られることはほとんどありませんでしたが
兄に撮ってもらっていてよかったと思います。
ありがとうございました。

投稿: 幡谷尚史 | 2012年12月 1日 (土) 07時49分

この度は、ご愁傷様でした。お母様から喪中のお葉書を最近頂き、天に召されたと知り、せめてもう一度お目にかかり、おしゃべりしたかったと。
お父様とお兄様と、ツアーのヨーロッパ旅行でご一緒したのがご縁で、20年以上ものお付き合いになります。

当時大学生だった私ですが、色々な話を聞かせて頂き、日銀のサロンにも連れて行って頂いたこともありました。
就職、結婚、子育てと日々の生活に追われ、なかなかご連絡も出来ずでしたが、毎年頂く年賀状を見るたびに、ゆっくりお会いしたいな
と思っておりました。

この通信の写真という作品を残しておいてくださって、有難いです。ゆっくりと、懐かしく拝見していきますね。

お母様、お兄様にもよろしくお伝えください。

投稿: 小松崎文子(須藤) | 2013年1月 9日 (水) 12時15分

小松崎さん

父の生前にはお世話になりました。
ヨーロッパ旅行がご縁の始まりとのこと、その旅行の時の話はよく僕もきいておりました。
何度か海外に行ってましたがその度に大量の写真を撮ってきました。
http://www.tokioheidi.com/toshio/
こちらで少し見れますのでよろしかったら是非ご覧ください。
その時撮った写真もあるかもしれません。

最後にもう一度だけ旅行をさせてあげたかった、という気持ちもあります。
コメントありがとうございました。

投稿: 幡谷尚史 | 2013年1月10日 (木) 08時04分

尚志様

早速お返事頂いていたのですね。
このような形で、お話しすることになるとは思っていませんでしたが、お父さまのお蔭ですね。

確か、音楽の方に進まれているとお聞きしてます。
お兄さんは同じ写真の道、それぞれやりたいことがあり、良かったとおっしゃってました。

我が家は三人息子。幡谷家のように好きな仕事を見つけてくれたらなと思います。
何より、お父様思いの息子さんたちですよね?

お兄様が撮られたお父様の写真を拝見するだけでも、伝わってきます。

もう一度旅行にとおっしゃるように、私は、とにかくおめにかかりたかったと。

そんな風に思って頂ける人間に私もなりたいなと思っています。

せっかくのご縁、たまにメールさせて頂きますね。

投稿: 小松崎文子 | 2013年1月12日 (土) 17時03分

幡谷尚史さま


突然のご連絡失礼いたします。

私は出版社・洋泉社の工藤と申します。

お父様、幡谷紀夫さまにおかれましては、心よりお悔やみ申し上げます。

私はお父様と面識はないのですが、
じつは只今弊社で『寺山修司の迷宮世界(仮)』というムック本を制作しておりまして、
寺山氏に関して検索していたところお父様のHPにたどり着きました。

写真集も拝読させていただいたのですが、
紀夫さまがなされた没後の寺山巡礼は今となっては本当に貴重なお仕事で、
ぜひ一緒にお仕事をさせていただきたかったと悔やまれました。

それは叶わなかったのですが、
もし可能でございましたら、只今弊社で制作しております『寺山修司』ムックに、
お父様のお写真をいくつか掲載させていただきたく、ご連絡させていただきました。

突然の勝手なお願いで申し訳ございませんが、
差し支えなければ、一度詳細をご相談させていただくことはできませんでしょうか?

ご多用中のところ大変恐縮ですが、
ご検討のほど、何卒宜しくお願い申し上げます。

  株式会社 洋泉社 第2ムック編集部
  工藤隆宏
  

投稿: 株式会社洋泉社・工藤隆宏 | 2013年1月18日 (金) 21時01分

寺山修司を追いかけていたらここに辿り着きました。
……そうですか、ブロガー不在で永久に更新がないのは残念ですが
こうして私のようなものがふらっと彷徨い訪ねてくることがあるので
このブログは『生かされている』と思います。

また来ます。

投稿: 冬の小鳥 | 2013年1月23日 (水) 18時56分

冬の小鳥さん

あたたかいお言葉ありがとうございます。
このブログは寺山修司関係の検索ワードでいらっしゃる方が多いです。
こんなひょんなところからコミュニケーションがはじまる、なんていうことは
デジタル慣れしていなかった父にとってものすごく新鮮で興味深いことだったと思います。
ありがとうございました。

投稿: 幡谷尚史 | 2013年1月24日 (木) 00時09分

東雲通信をごらんの皆様

このたび、「寺山修司の迷宮世界」というムック本が洋泉社様より発売されました。
http://www.amazon.co.jp/寺山修司の迷宮世界/dp/4800301181

洋泉社工藤様からのお持ちかけにより、当東雲通信で使われたものを含む父の寺山関係の写真を多数使っていただきました。
本のほうもカジュアルな切り口で読みやすく、素敵な仕上がりになっています。

父の死後、こんな形で作品が「イキイキと」世に出て行くことを感慨深く思います。
このブログを通してそんな形で新しい人間関係や作品に発展していったら良いな、と生前にも思っていましたが
まさに理想の形で実現できました。
父はおそらくこんな話がくれば、ニコニコして「扱いはお前にまかせるよ」といいつつ、
次への作品作りのモチベーションに変えていったことだろうと思います。

ご興味がある方は是非ご覧になっていただければ、と思います。

投稿: 幡谷尚史 | 2013年4月 2日 (火) 12時36分

思い出のアルバムを検索していたところ、
たまたまたどり着きました。
引き込まれて他のタイトルも読み進めていたので、最後のタイトルに来たとき、なんとも言えない寂しさがありました。
全く面識のない方ですが昔から知っていた人のように切なくなってしまいました。
ステキな写真と文章をありがとうございました。
ご冥福をお祈りしています。

投稿: kirari | 2013年9月25日 (水) 07時16分

kirariさん

暖かいコメント、ありがとうございます。
父もきっと大変喜んでると思います。

父は音楽も大好きで、良いと思った音楽の背景を調べることをよくしていました。
童謡にはいろいろな思いがつまったものが多いですね。
「思い出のアルバム」も本当に心に滲みるいい曲だと思います。
僕も学生時代から音楽にずっと携わってきていますが、いつも音楽で何を表現したいのか、といわれ続けてきました。
音楽の持つ、人を動かす力が何かを教えたかったんだと思います。

こうやってコメントをいただくことによって
僕ももう一度記事を見直してそこで気づくこともあります。
亡き後に、こうやって続いていくことこそ、この上ない喜びでもあります。

ありがとうございました。

投稿: 幡谷尚史 | 2013年9月25日 (水) 11時03分

えー・お会いしたかった;ウェブ上で垣根の曲がり角の写真と文を拝見して、あ。わたし。こういうの好きかもって。
もっといろいろおはなしききたかったなあ。

投稿: りんごの花 | 2013年10月23日 (水) 23時35分

りんごの花さん、コメントありがとうございます。

「垣根」の記事、長編ですがほのぼのしていて僕も大好きです。
こんな感じで、人とふれあいながら散歩するのが好きでした。
人のそばに寄っていくときのニヤニヤした顔を思い出します。

これから冬になり寒くなってきたら、僕も2歳の娘に「たきび」を歌ってやろうと思いました。

投稿: 幡谷尚史 | 2013年10月24日 (木) 12時06分

なんとなしに学生運動のことでネットサーフィンしていてたどり着きました。
此方20過ぎのアホガキなんですが、写真や文章にぐいぐい引き込まれて……コメントを残さずにはいられませんでした。
当事者の語るリアルはやっぱり感じるものがあり、何物にも変えがたい財産ですね。
逆にデジタル慣れした自分には、年配の方のお話にはとてつもない新鮮さ・興味深さを禁じえないのです。
他にもいくつかの記事を拝見して、素敵な人柄が目に見えるようですね。
心から尊敬します。
過去の記事もちょくちょく見たいと思ってます。
可能な限り残しててくださいね。

投稿: ななし | 2014年5月23日 (金) 00時29分

ななしさん

なんとも暖かいコメントを残してくださって本当にありがとうございます。
また母がこれをみて涙することでしょう。

読みづらい文章もありますが、断片的な言葉や写真そのものからなにかを感じ取れる
そんな良さがあると僕も思っています。

これからもよろしくおねがいいたします。

投稿: 幡谷尚史 | 2014年5月23日 (金) 11時08分

初めまして、音楽関係出版物の編集制作に携わる者です。
某誌に掲載する写真を探している折、幡谷紀夫様のブログに辿りつきました。
つきまして、http://gengoroo.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-dfe2.html に掲載の写真を数点、ぜひとも拝借したく存じます。
企画の詳細をご説明させていただきたく、メールをいただければ幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます。

投稿: 庄司紀子 | 2015年1月15日 (木) 16時00分

今日(2015.3.12)の田中長徳さんのブログでたまたま幡谷さんに言及されていて、「写真家で元日銀」というご経歴を見て、ひょっとして・・・と、このブログにたどりつきました。70年代から80年代にかけて、外資系製薬会社に勤めていたとき、幡谷さんにPR誌のルポの写真をお願いしていた関係で何度もお会いしました。編集スタッフとしてもライターとしても、まだ私は駆け出しでしたから、幡谷さんとご一緒に取材をしたのは1、2回しかありませんが、オフィスではよくお話をうかがいました。いま、趣味で写真を撮るようになりましたが、あの頃、もっと写真のあれこれの話をうかがっておくべきでした。

投稿: 君島邦雄 | 2015年3月12日 (木) 16時07分

君島様

コメントありがとうございます。
古い時代の父と一緒に仕事をされてた方にこのページを見てもらえて感激です。
製薬会社のPR誌ということで、どの仕事かすぐピンときました。

田中長徳様のブログも拝見しました、いろいろビックリな内容でした。
記事にありましたが、元村さんもお亡くなりになったのですね。
いつかお会いできれば、、と思っていましたが残念です。
が、天国で父と再会してるかもしれません。
(このブログ内の記事でも呼びかけてましたから)

どちらも70年代の父に繋がってた関係のお話ですが
ブログというものがきっかけで振り返られるなんて感慨深いです。
ありがとうございました。

投稿: 幡谷尚史 | 2015年3月12日 (木) 23時19分

幡谷尚史様

 幡谷さんは豊ヶ丘にお住まいではなかったでしょうか。近くに住んでいながら、一度もお会いすることがありませんでした。いま、あらためて幡谷さんの写真を拝見して、いい写真だなあ、こんな写真が撮りたいなあと改めて思いました。

投稿: 君島邦雄 | 2015年3月13日 (金) 13時14分

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