映画・テレビ

どんな情報を、信じますか?

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避難所でお手伝い


東関東の被災情報には、国民みな釘ずけになった。
大変なことが起った。
原発はとんでもないことになっている。
どうしたら、事故を解決できるのか。
国民全てに、最終的な「解」がみえない。
目にみえない恐怖、水道や食い物に放射能を検出、との報道には驚愕した。

なにせ、東電が浮き足だっているし、保安院は、なんのためのスポークスマンなのか不明だし、
学者は教科書を読んでいるようにみえるし、菅さんの傍を固めるセカンドオピニオンの学者や原子力関係者に、
最終決断を任せてもいいのか不安だ。
ぼくたちは、どの人物の情報に頼ったらいいのか、
たとえば、ガンだと宣告された時には、この人物、この医者の治療法に委ねる、というように。
それにしても、東電の狼狽や、学者の覚束ない説明には、国民は、一様に不安に陥っている。

4月1日の朝日川柳(西木空人選)でも、そんな不安が一杯だ。

覚えられないよう  学者日替わりに   (福岡、石井氏)
不安員と呼びたい気にもなってくる   (三鷹、二瀬氏)
東電を叩けば泣かす作業員   (横浜、平松氏)
と、みな嘆き節だ。

結局、この難局が収まったあと、いまTVを賑わせている多くの学者や識者は、
キレのいい分析や、総括をすることだろう。
すべてが終わった「あと」の分析や評価には、たいそうな能力を発揮するだろう。
だが、かれらはいま起きている危険な現象の、いま手を打つべき対策、処理には、なぜ踏み込んだ
主張をしないのだろう。


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モーニングショー


ツイッターなどでは、ガセ情報が流されたようだが、大筋、情報の共有がなされ、支援活動の立ち上がりにも大変役立ったという。
そして、各ジャンルの専門家のなかではソーシャルメディアではなく、
ネットで真実を求めたナマナマしい議論が、激しく交わされたという。
いずれ時間が経てば、自分の理論や見識が、批判の対象になるかも知れぬリスクを背負った勇気ある発言だったようだ。
ソーシャルメディア、なかんずく、TVでも勇気ある発言をした学者もいないではないが、
多くは、腰砕けの状態に陥っている。
これらは、あと検証を恐れた、卑怯な自己保身のコメントにみえることさえある。
しかし、自説を強行させ、結果責任には頬かむりの厚かましい人間もいる。

例えば、ひとつの例がある。
香川県の多度津町には、世界最大級の原発の耐震テストの施設が造られ、
それは老朽化した発電設備の耐震性の実地テストが出来る、日本では唯一可能な施設だった。
05年に「そんな施設は必要ないだろう」
ということで、その施設は民間に売却されスクラップされた、という。
時の、原子力安全委員会委員のS氏や小政党のY氏は、危機感をもち存続のため奔走したが、だめだった。(資料は、11、4、4、AERA )
これが、今回の大被害に関係があるといいはるつもりも知識もないが、
重要なポディションにあった人は、こういう重要事項については充分な説明をする義務があるのではないか。

ぼくたちは、一般的に責任ある人々の結果責任について寛大すぎないか。
その甘さが、重大な事象の情報リテラシイや、人間評価の眼を曇らせているように思えてならない。
いまや専門家や言論人に求められている役割も変わった、とみるべきだ。
(それらの人々が)
「メディアに言論を提供する役割から、自らメディア「になる」役割へ。
事件を事後的に分析し評価する役割から、リアルタイムで変化する現実に介入し
リスクを取る役割へ 」(3、31朝日、東 浩紀)
闘い、かつリスキーな言論行動へと
変わらざるを得ない、厳しい時代に突入したことを感じさせる。

あなたは、信ずる情報リテラシイをもっていますか?


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明日はどっちだ。蘇る、あしたのジョー。

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映画あしたのジョー、ポスター


書店に女性誌のメンズ版が、ここにも、そこにも、あそこにも。
なんで?
ある株主総会で、中東の砂漠で現地の労働者を仕切る青年社員の苦悩を聞いた。
「いやぁ、死ぬ思いですよ。現地のことばと、かれらの働かせ方……」

国境紛争や、金融財政危機、それに北朝鮮はなにやってんだ。
ダイバーシティか、個別化か。
すべて、異和な現象が吹き出している。
底流には、太い怒濤の流れがあるのだろうが、いまはみえない。
個別の現象だけが、突き出している。
全体像や方向性は霞の中。
あしたはどっちだ。

山谷のいろは会商店街が、マンガ「あしたのジョー」を梃子に街おこしをやる、と聞いた。
行ってみようじゃないか。
このマンガ、この街を舞台に描かれている。
そこには、江戸時代から明治初期まで泪橋という橋があった。
小塚原処刑場にむかう罪人が、家族や知人と別れを惜しみ泪にくれた橋だ。
マンガにでてくるジョーの「丹下拳闘クラブ」はこの橋の下にあるという設定になっている。
高森朝雄(梶原一騎)原作、ちばてつや画によるボクシングをテーマの熱血マンガだ。
1960年代後半から「週間少年マガジン」に連載され、大人気を博した。
ジョーのライバル、力石徹がリングで死んだ時には、寺山修司らの手で、力石の葬儀がリアルに行われた。


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商店街の一角

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映画のセットのスチール。泪橋下

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現在の泪橋の交差点

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力石徹、ちば てつや画

世間が燃えていた。
もう過去の話だ。
それが、どこでどう間違ったか、出版社から本が再発行されるわ、来年2月11日から東宝系で、
山下智久、伊勢谷友介主演の映画が上映されるわ、でジョーをもう一度蘇らせようというのだ。
商店街では
尾藤イサオが、群衆にかこまれて主題歌を熱唱。


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熱唱する尾藤イサオ


お!そばやがある。
マンモス西も減量に耐えかねて、屋台のうどんをすすったが、この店にも来ただろうか。
丹下段平の道場を模したリングでは、子供もおやじもグラブを手に興じている。


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映画のセットのスチール

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そばやの前の人たち

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拳闘に興ずる

ジョーと段平が運命の出会いをした玉姫公園にいってみよう。
滑り台がひとつポツンとあるだけの荒涼とした公園である。
力石をリングで殺したジョーが、苦悩でのたうちまわるのもここだ。
いまは山谷も商店街も、昔の暴動の起きたような活気はない。
ドヤは、外国人バックパッカーの仮寝の宿にもなっている。
たむろしている、おじさん達もやさしく人なつこくなってしまった。
果たして街は、ジョーのパンチで、時代の鬱屈を打ち破れるのか。


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玉姫公園、ジョーの思い出が詰まる

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いろは会商店街


ジョーはつぶやく。
「そこいらの連中みたいに、ブスブスとくすぶりながら
 不完全燃焼しているんじゃない。
 ほんの瞬間にせよ、まぶしいほど真っ赤に燃え上がるんだ。
 そして、あとは真っ白な灰だけがのこる……」

最後にジョーは、世界最強のボクサー、ホセとの闘いにやぶれ、灰のように真っ白に燃え尽きた。
主題歌は、寺山修司が書き、八木正生が曲、唄は尾藤イサオだ。
寺山修司は、ジョーに自分の人生を重ねあわせていたと思う。
そして、そう生きた。
二章目。

親のある奴は  くにへ帰れ
俺とくる奴は  狼だ
吠えろ!吠えろ!吠えろ!
俺らにゃ  荒野が欲しいんだ
だけど  ルルルー
あしたはきっと  なにかある
あしたは  どっちだ

庶民としてのボクは、生きることは質だ、と判っていても、日常は怠惰な消費の連続に終わっている。


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あしたはどっちだ

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タワシのフレンドパーク。

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TBSテレビの東京フレンドパークをよく観る。
ひとしきりゲームをたのしんだあと、
いよいよ、最後の、ダーツで、商品をはずすと、「ああア」と失望感の吐息が洩れる。
そして、「ハイ、タワシをどうぞ」
受け取る人の情けない表情。
でも、タワシ本人は、もっと情けないと思っていることだろう。
落胆の象徴にされて。

そんな時いつも、タワシつくりの現場にいった時を思い出す。
あのタワシは、滝野川の『亀の子束子西尾商店』の製造したものだと聞いた。

ぼくは、このフレンドパークの放映される何年か前、このタワシの会社を取材した。

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亀の子たわしは、年配の人のなかには、母親につながるイメージをもつ人もいよう。
木造やコンクリートの粗末な台所で、タワシで鍋、釜の汚れを落している、お母さんの後ろ姿だ。
亀の子たわしの誕生もそれに似た風景から発想された。


創業者の西尾正左衛門は、1907年、開発したシュロ製の靴拭きマットが、
欠陥品だったため、返品の山を抱え、途方にくれていた。
そんな時、妻のやすさんが台所でそのマットを使って、洗い物をしていた。
「お父さん、このシュロは、すごく汚れを落とすよ。」と言ったかどうかは知らないが、
まあ、そんな会話があったらしい。

らしいとかいたのは、ぼくはそう聞いたのだが、
10月5日の朝日夕刊には、妻のやすさんは、障子を洗っていたと書いてある。
つまりコマカイことは、はっきりしないが、まあそんな話だ。

それを聞いて、「シュロが汚れを落とすのか」
正左衛門は「これだ、」と台所用品のヒントを得た。
それが亀の子たわしの誕生につながるのである。


これは売れた。
製品は、改良を重ね、いまもココナツ椰子を原料にした
タワシが、100年近い年月を経ても、台所にどっこい生きている。
勿論、フレンドパークにも。


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それにしても、東京フレンドパークのプロデューサーのタワシのアイデイアは鋭い。
あのタワシを狂言まわしに使うとは、ふつうちょっと考えつかないぞ。


一方、西尾商店も、昔から、広報、広告にたけていた。
亀の子たわしの類似品が出て来て、特許侵害で泣かされたが、
正左衛門は違法業者に、法的報復などせず、
そんなことより「広告に全力を尽くせ。」というわけで、
大正時代でも、新聞や婦人誌に巨大な広告を打ち、
大道芸をPRに使うなど、広告というものを重視した。
いまの三代目社長がこのTVの企画に応じたのも、そういう血の流れがあるからだろう。

しかし、タワシにとっては、ちょっと、微妙な扱われ方である。
クライマックスに登場しスポットがあたるが、役割は、悲しいピエロだ。

タワシ君、いろいろ言いたいこともあろうが、
昔の唄にもこんなセリフがある。
「りんごは、なんにも言わないけれど、りんごの気持はよくわかる。」(作詩サトウハチロー)

タワシの気持ちもさることながら、作業している、屈託のないあのおばちゃん達も、
ニガ笑いしながら、フレンドパークを楽しんでいることだろう。

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カンパニュラ、風のガーデン。

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恵比寿ガーデンシネマ、に時折出かける。
直近では、りチャード・ジェンキンスの主演する「扉をたたく人」を観た。
要約すれば、こんな映画。

頭でしか、ものを考えて生きてこなかった初老の大学教授。
孤独な人生である。
それが、ジャンべとよぶ打楽器を演奏する男と出会い、
新しい自分や、生き方を発見していくというスト−リーである。

「ウ−ム。新しい人生かァ」

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帰り道、すぐ脇にある緑と花のガーデンに立ち寄る。
恵比寿ガーデンプレイスという、都会のど真ん中にありながら、
ここは、静謐で、ほとんど人がいない。
ここがぼくの安らぎの場所になったのは、倉本聡のT.Vドラマ「風のガーデン」を観てからである。

ぼくは、花の名前も知らない不粋な男である。
しかも、せっかちで、公園でゆったりできるような人間ではない。
それが、このドラマにハマり、このガーデンにはまったのだ。
中井貴一のかっこいい医師が、美女たちとの恋の遍歴を続けるうちガンに倒れるのである。
そして、カッコいい死を迎えるのだが、
死がそんな華麗なわけはないさ、と思いつつもそんな死に、だれも憧がれをもつのだろう。


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黒木メイサのツンとしたりりしさが、魅力だったし、
なにより挿入曲の平原綾香のカンパニュラの恋(作曲ショパン、編曲椎名邦仁)が心に沁みた。
昨年の冬の間をなぐさめてくれたのは、このドラマと「カンパニュラの恋」の曲だった。
そんな、年甲斐もないトレンディードラマへの、のめりこみに、
わが、パートナーは、どんな気持ちで眺めていたのかしらないけど、
あけて3月4日、ぼくの誕生日に「ハイ」とリボンのついた小箱が彼女から渡された。

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あけてみると、平原綾香のCDだった。勿論あの曲の組み込まれたものだ。
嬉しかった。
部屋を暗くして、ラジカセで、曲を聞く。
ラジカセは、ボーっと三色のやわらかな灯をともす。
好きな色を選べるが、青い光が好きだ。
綾香を聞く。
すると、いつも遠い青春が甦ってくる。


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それは、きまって、ところは、静岡の呉服町の「田園」という喫茶店である。
そのころ銀行員だったぼくは、その店にいつもわがパートナーに電話で呼び出された。
過ごす時間は、1時間のこともあれば、土曜などは、3〜4時間のこともあった。
いつも、彼女と向きあいながら、ぼくは、居眠りをしていた。
いつも、いつでも、だった。
まるで、えい児が、揺りかごで安心して眠るように。
そして、パートナーは、黙って、折り紙を折ったり、小声で、
なにかハミングしながら静かに時間を過ごした。
まるで、いまの賑やかな生活や時間を、老若それぞれの時代、
逆に使ってしまったかのように、その時は、不思議な静穏の時間の日々だった。


いま、隣で、キミも綾香を聞いている。
ぼくは、ひそかに昔を思い出している。
そんなぼくの思いを知ることもなく、
キミは、静かに曲にひたっている。


My Love
かえる場所は ふたり過ごしたカンパニュラの刻
そっと 降るはずのない雪が舞う(綾香)


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